7話 最終話【託されたもの、受け継ぐ者。】

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7話 最終話【託されたもの、受け継ぐ者。】

 壱乃峰(いちのみね)の森に 雪は降り積もり、樹々を 白く染め上げる。  皆が眠りに()いたかのように静まり返る中、峰のアカマツの針葉(しんよう)からは、歌声のような葉音だけが、木霊(こだま)している。  (はぐく)まれし 高き素養(そよう)は、輩出(はいしゅつ)されし ()き巫女へと。  善き巫女たちが()神託(しんたく)は、やがて皆を 善き森の姿へと、(みちび)こう。  樹々よ 眠れ、安らかに。  樹々よ 育て、健やかに。  暖かな、陽光 (きら)めく、春を 待ちながら。  峰乃 赤松(みねの あかまつ)が その葉音を(かな)で終えると、訪れた雪雲(ゆきぐも)は しんしんと雪を降らせる。  皆の無事を見守りながら、峰乃 赤松は、眠りの唄の (こと)()(つむ)ぐ。 「…皆、安らかに眠り続けるが善い。  山の神様は、『今冬は、大きな雪折(ゆきお)れなども無く。』 と、お伝え下さっておりますゆえ。」 「…皆、巫女の合図に()る、大いなる変革の開始となる 来春の目覚めまで、安らかに眠り続けるが善い。  山の神様は、『来春より、樹々の芽吹(めぶ)きは、神託や 巫女の指示に()らずとも、皆の想いにて芽吹(めぶ)くが善い。』とも、お伝え下さっております。」 「続いて(うた)うは・・・。  皆の、開葉開花(かいようかいか)や 実りの豊凶(ほうきょう)の、あらましを告げる 言の葉・・・。」 「では・・・ 来たる 吹雪が、静まる頃合(ころあ)いにて・・・。  唄いだすとしようか。 来季の、皆の生命活動と。。。」 「(これ)に加えて、森の調和を()って 極相林(きょくそうりん)と 成す、神託の言の葉が紡がれた、眠りの唄の第弐楽章(だいにがくしょう)を。」  マルバマンサクは、()け始めた雪を()退()けるように、その枝先を 春の陽光(ようこう)(もと)へと、勢いよく跳ね上げた。  それを合図に、峰乃 赤松は、眠りの唄 最終楽章(さいしゅうがくしょう)の言の葉を、紡ぎ始める。 「春に()()く マンサクが、春の訪れを告げる頃。  眠りの唄にて 紡がれし言の葉は・・・ 神事や 今季の予言、神託の遂行(すいこう)。」 「じきに… ()の花も、開花となろう。  ()の頃合いにて、唄いだすとしようか。」 「『(すべ)ての素養に(ひい)でた者が出現する』と予言する、最終楽章を。」 「そして神託と 私のお役目は、此の者と 知識の素養に秀でる者とに()って、遂行されよう。。。」  その身の 間際(まぎわ)に咲いた、黄色い十字の花を()でながら。  眠りの唄を 唄い上げた、峰乃 赤松は、皆に春の訪れを告げるべく、鏑鈴(かぶらすず)()()らした。  峰から 聞こえる、鈴の(おと)・・・。  シャン… シャン・・・ と鳴り響く、綺麗な音色(ねいろ)は・・・ 鏑鈴。  ・・・そう。 私のお花の、鏑鈴は・・・ (まい)(おく)った、私の想い。。。 「なんか・・・ すごい言の葉を、聴いたような。。。」  鏑鈴の音色で目覚めた 栃実(とちみ)は、そうつぶやきながら、ゆっくりと目を開いた。  ずっと眠りながら その胸に()いていた ヘアクリップを、開いた両手に乗せると、それに(かたど)られたアカマツの針葉(しんよう)は、()け始めた雪が反射した春の陽光に照らされて、(まばゆ)い光を放つ。 「ここに・・・ 舞の、大切な想いが。。。」  舞から託された それを、じっと見つめながら 栃実は、お互いに神具(しんぐ)を贈り合った、舞とのことを 思い返した。 「…ねぇ、舞。 いま、受け継ぐね。 あなたの大切な、想いを。」  栃実が、神具に込められた 舞の素養(そよう)と記憶を紐解(ひもと)くと、針葉は それに(こた)えるかのように、(きら)めく。  煌めきは 球状の光となって、栃実を包み込むように展開すると、込められた舞いの素養を、森に吹く そよ風に乗せて、栃実へと伝授した。  栃実は、その身に宿し受け継いだ、古流と山桜流を 合わせて昇華(しょうか)された あまりに高い 舞いの素養に、 「本当に・・・ 素敵な舞い。。。  伝説の舞姫が昇華して 新生(しんせい)した舞いを、私は。。。 」 と、つぶやくと、神具の煌めきは、舞の記憶や想いを 様々な映像へと転換させた。  栃実は、それらの大切な想い出の一つ一つを、大事に その身に宿していく。 「舞も、同じ想い。 そして、巫女を拝命(はいめい)してからも 一緒に・・・。」  やがて、すべての想い出を受け継ぐと、栃実は、煌めきの奥から(はっ)せられた、優しい光が転換した映像に気付いた。 「・・・こっちの想い出は、みーちゃんが…。  瑞樹(みずき)さんの 記憶の種子を 舞に託して、知識の素養を高めたところね。。。」 「・・・あれ? ということは、もしかして。。。」  神具に込められた、舞の素養と想い出が発する 煌めきの収束と交代するかのように、優しい光は輝きを増す。  かつて 舞に受け継がれた、瑞樹の知識の素養が発する その優しい輝きは、再び 栃実を包み込むと、その豊富な知識を 森羅万象(しんらばんしょう)の映像へと、転換した。  すぐに、瑞樹の知識の素養をも その身に宿し受け継いだ 栃実は、開いた両手に (きら)めき (かがや)く、ヘアクリップを見つめる。  それに(かたど)られた樹々の葉は、舞の 煌めくアカマツの針葉に寄り添うように芽生えた、瑞樹の 優しく輝くブナの葉の、2種の素養を(あらわ)す神具へと、変化(へんげ)していた。 「壱乃峰(いちのみね)歌姫(うたひめ)として、みんなの指標(しひょう)にもなってる 私が。 えぇっと。。。  伝説の舞姫(まいひめ)… 舞の素養を受け継いで・・・。 さらに・・・。  ()の巫女に()られた 瑞樹さんの、知識の素養にも(ひい)でて。。。」 「『総ての素養に秀でた者』って・・・ 私のことだったの!!?」  春の目覚めに起こった、あまりの出来事に驚いていた 栃実は、しばらくして 落ち着きを取り戻すと、神具のヘアクリップを手にした。 「でも、これで… 舞と・・・。 みんなとも、ずっと… 一緒ね。。。」  ヘアクリップの ブナの葉が、優しく輝くのを見ると、栃実は、 「知識が… アイデアが、想いが・・・ (あふ)れてくる。。。  …そう。 私なら、出来る事が。 そして、みんなと一緒に。。。」 と (ひと)()ち、その考えを(めぐ)らせ始めた。  豊かな天然林の樹々は目覚め、(あた)りの新芽(しんめ)が ふくらみ始めても、栃実は まだ冬の姿のまま、今後の事を考え続けていた。   ・・・支援(しえん)は、舞の巫女拝命(みこはいめい)… だけじゃ、終わらないよね。   峰乃 赤松様と成られてからも・・・。   総ての素養に秀でた私なら、巫女の お務めも、お役目の極相林(きょくそうりん)も…。   何か、こう… 出来る事が、あるはずだし…。   瑞貴(みずき)にも、知識面でサポートしてもらって。。。   いっそ 桂さんも、巻き込んで。。。   総てを、(もっと)()い方へと… (みちび)くためには・・・?   巫女には・・・ 成らない。   瑞貴が そうしたように・・・ 私も、みんなと一緒に。。。   お唄や、舞いも・・・ もっと、楽しめるものに… ならないかな?   んで、みんなで… やっぱ、楽しく!   持ち味を活かすような手法にして・・・。   うん! 最適化(さいてきか)したい!   そして、私は。。。 ”とっち”としては、これから・・・。  やがて、考えをまとめた 栃実は、それを皆に宣言(せんげん)するのを決意すると、これまで 巫女舞(みこま)いのために伸ばしてきた 長い後ろ髪を、肩の辺りで切り落とした。  さっと髪型を整えると、軽くなった後ろ髪を 神具のヘアクリップで()める。  栃実の変化に驚く 瑞貴を(ともな)って、峰乃 赤松の居所(いどころ)(いた)った栃実は、その考えた事柄と 宣言の内容を、二人に話した。 「眠りの唄に ありました通り、山の神様よりの神託(しんたく)は・・・。  峰乃 赤松様と 私と 瑞貴とで、遂行(すいこう)したく存じます。」 「栃 姉様(とち ねえさま)…。 私も そのつもりで、おりました。」 「…うむ。 では、()の宣言は… 今春の 開花や実りの豊凶(ほうきょう)の指示にて、(いた)すとしよう。」  大平岩(おおひらいわ)の舞台の前に立つ 栃実は、2種の葉が(かたど)られたヘアクリップを皆に見せると、まずは、その想いから話し始めた。 「伝説の舞姫 舞の記憶。 知の巫女と成られた 瑞樹さんの知識。」 「これらを、この身に宿し受け継ぎ 『総ての素養に秀でた者』と成った私は、次代の樹の巫女『峰乃 栃(みねの とち)』と、成れるのかもしれません。」 「でも・・・ 私には、そうは思えないのです。  この高い素養は、私 個人(わたし こじん)でなく、壱乃峰(いちのみね)の森に()きる 全ての樹々のために有るのでは? と、思い(いた)りました。」 「さらに、私は 考えました。  私が 舞の巫女拝命(みこはいめい)支援(しえん)してきたように、これらの素養を皆様のために役立てる、方法を。」 「では… これより、その方法であります、『最適化(さいてきか)』についての宣言(せんげん)と内容の説明を。  そして、『最善化(さいぜんか)』につきましては、その 概要(がいよう)の紹介を、させて頂きます。」  栃実は、神具(しんぐ)のヘアクリップを装着すると、皆に向けて、芸能に関する変革となる 最適化について、語りだした。  まず、最適化を行う目的は、お唄や 舞いの、高い素養を(はぐく)むことです!  これらの、芸能に関連する事柄を、最も適した かたちへと変革することで、高い素養を育むという目的が成されるのでは… と、私は考えました。  では、その手法ですが、お唄に関しましては。。。  長らく 活動休止していました、”とっち”としての芸能活動は・・・ 現役を引退と、させて頂きます!  そして、これまで… 壱乃峰の歌姫(うたひめ)として、さらに、皆様の指標(しひょう)としましても、お唄の披露をしてきましたが。。。  今後は、私 個人のパフォーマンス能力の向上よりも、後進(こうしん)育成(いくせい)となるような活動へと 最適化し、お唄の高い素養を育んで行きます。  さらに 皆様には、歌という芸能を より楽しんで頂きたいとも考えまして…。  ”とっち”としての 歌やライブパフォーマンスは、新たな才能を持つ この()たちに受け継ぎ、より新たに洗練された歌やライブをお届けして行きます。  紅葉(もみじ)と、(かえで)。  この双子のアイドルが、その()(あじ)()かして 新たな お唄を披露する(あかつき)には、きっと、お唄の素養も より善く育まれる事と、成るでしょう。  次に、舞いに関連する事柄の、最適化につきまして。  伝説の舞姫 舞による、新たな舞いのスタイルは、私が受け継ぎます!  『昇天乃舞(しょうてんのまい)』を()た 私は、3つの事を考えました。  ひとつは、皆様もご存じの通り… 舞の素養を受け継いだ私が、その舞いを継承(けいしょう)するのが、最も適していること。  もうひとつは…。  古流と山桜流をミックスして昇華(しょうか)された、新たな舞いのスタイルは、従来(じゅうらい)祭典(さいてん)神事(しんじ)向けの奉納舞(ほうのうま)いよりも、芸能としての舞踊(ぶよう)に適している、と。  そして、芸能に特化(とっか)した 新たな舞踊の創出(そうしゅつ)は、舞いの素養や文化の底上(そこあ)げにも つながるとの考えに(いた)りました。  これらを実現するために、私は 新たに、芸能に特化した 歌や ダンスのトレーナーとなり、そのレッスンのための場を(つく)る事と、(いた)しました。  なお、その本拠地(ほんきょち)に関しましては、今季にオープンされます ホオノキ樹洞(じゅどう)のカフェを、予定しております。  祭典や神事向けの奉納舞いに関しましては・・・。  現在、唯一(ゆいいつ)の流派であります山桜流が… これまで()くご指導頂(しどういただ)きました 山桜師匠が、舞いに専念(せんねん)できるように。  私は、山桜流と・・・ (たもと)()かつ事と、致しました。  ”とっち”の現役引退とも関連しますが、これまで山桜師匠が受け持たれていた芸能活動のマネジメントや、祭典などのイベントプロデュースは、私が新しく芸能事務所を開いて、受け継ぎます。  これにより、山桜流は、本業であります 舞いに純化(じゅんか)できますので、神事に向けた舞いの 高い素養を育む一助(いちじょ)と、なりましょう。  ・・・以上、芸能関連の事柄を、最も適したものへと変革する 最適化についてを、お話しさせて頂きました。  これらの最適化により、お唄や 舞いの素養は より高められ、また、皆様には、新たな芸能としての 歌やライブパフォーマンスをも、お楽しみ頂けるかと 存じます。。。 「ここで、皆様の気分転換も兼ねまして・・・。  まだデビュー前では ございますが、紅葉と 楓の 歌を、1曲 披露させて頂きます。」  まだレッスン中の仮歌(かりうた)ながらも、とっちの才能を受け継ぐに充分(じゅうぶん)素質(そしつ)の、紅葉のライブパフォーマンスと 楓の歌声。  そして、栃実が発揮(はっき)した 聴衆(ちょうしゅう)にも配慮(はいりょ)した高いプレゼンテーション能力は、 「芸能面(げいのうめん)の最適化を、安心して任せられそう。」 「とっちが創る、新しい歌やライブ、面白そう。 楽しみね。」 などの、良い感想を もたらした。  皆の 期待に満ちた笑顔に安堵(あんど)して、栃実は 一息(ひといき)つく。  峰乃 赤松(みねの あかまつ)神具(しんぐ)と その制作者(せいさくしゃ)(かつら)を紹介すると、栃実は、最善化(さいぜんか)概要(がいよう)について、話し始めた。  次の 最善化につきましては、巫女装束(みこしょうぞく)や神具の創作(そうさく)と、神託(しんたく)である極相林化(きょくそうりんか)への道標(みちしるべ)。  この2つの事柄につきまして、(すべ)てを (もっと)()い方へと (みちび)くための、概要を紹介しまして、私からの お話しを 終えたいと思います。  私が、まず最善化したいと考えましたのは、高いクオリティの創作物(そうさくぶつ)を生み出す、最も善い方法についてです。  ご覧の通り、峰乃 赤松様の巫女装束や ()(もの)鏑鈴(かぶらすず)は、とても素晴らしい出来栄(できば)えですよね。  これ程までに高いクオリティの創作物が 生み出された事は、すなわち、桂さんの”物創(ものづく)り”という、これまでにない新たな才能の出現と成った、という事。  さらに私は、これらの創作を支援した経験をもとに、その際に助言されました、瑞貴の巫女知識(みこちしき)であります、 『より善いものを創作するためであれば、実現可能な他の者に制作を(ゆだ)ねてもよい。』 との一文(いちぶん)ともあわせて、考えました。  まずは、巫女装束や神具に加えて、祭典や神事に関する創作物の制作を、桂さんに一任(いちにん)します!  そして、次に最善化するべきと考えたのは、善い創作物を創り続け、次代へと継承(けいしょう)するためには、どうすれば善いか。  この事につきましては、桂さんには、創作意欲(そうさくいよく)(おもむ)くままに 様々な新作を創出(そうしゅつ)してもらいながら、のちには、後進(こうしん)育成(いくせい)(にな)って頂きたいと、考えております。  もちろん、創作活動の他にも、『みんなで楽しく()きる』ことをコンセプトとしまして、出来る事柄は どんどん最善化して行きたいと、考えてます!  なので… 皆様! ご要望や、善いアイデアがありましたら、どうぞお気軽に、私に お伝え下さいね♪  (たの)()な笑顔から一転して、(りん)とした表情になると、栃実は、最も伝えたい その想いを、皆に告げた。  ・・・皆様。 思い返してみて下さい。  これまでの 樹の巫女が、お(ひと)りで、どれだけ多くの お(つと)めをなされ、どれだけ重要な お役目(やくめ)遂行(すいこう)なされたかを。  皆様。。。 私の想いに、耳を(かたむ)けて下さい。  私たちが支援したいのは、舞の巫女拝命(みこはいめい)のみならず。  峰乃 赤松様と成られた、樹の巫女の お務めを代行することで、お役目と 神託の遂行を・・・ 支援したいのです!  そして… 皆様。 どうか、ご理解下さい。  樹の巫女にも成れるほどの、高き素養に秀でた者が、その支援をしたいと、願っていることを。  最後に、森の調和(ちょうわ)(たも)たれた姿であります、極相林ですが。。。  これまでは 『先人(せんじん)夢見(ゆめみ)理想郷(りそうきょう)』と、されてきました。  しかし… 皆様。 今では、この森には・・・ 私たちが います!  ご神木(しんぼく)系統(けいとう)である、樹の巫女 峰乃 赤松様。  森の(かた)()、瑞貴。  そして 私は、総ての素養に秀でた者と、成ることが出来ました。  支援し 協力し合う、私たちならば…。  極相林へと(いた)る、最も善い道標(みちしるべ)を示すことが出来ると、確信しています!  そして、ゆくゆくは・・・ 皆で この壱乃峰の森を、理想郷たる極相林へと、導いて行きましょう!  皆の盛大な拍手を受けて、演説にも似た 宣言と概要説明を終えると、栃実は、瑞貴と一緒に、高台へと向かう。  いつものように、足早に山道を(のぼ)る その後ろ姿を見ると、瑞貴は、栃実を呼び止めた。  栃実の後ろ髪を()めているヘアクリップに差し込んだ木漏れ日は、アカマツの針葉を(きら)めかせ、ブナの葉を優しく(かがや)かせている。 「栃 姉様(とち ねえさま)。。。 いつも… 速すぎですよぉ~。。。」 「あぁ、みーちゃん…。 ゴメンねー。  いつもの早歩きのクセ、なかなか抜けなくて。。。」 「それ・・・ よりも…。  ヘアクリップのブナの葉は、もしかして… お母様の。。。  ふぅー。 だから・・・ なのですね。 総ての素養に、秀でられたのも。」 「・・・うん。 そうよ、そーいうコト。  みーちゃ… うぅん、瑞貴なら もう(わか)ってると思うけど…。」 「今の私たちは、もう…。 (とも)(みな)(みちび)く、指標(しひょう)であり 道標(みちしるべ)。  だから… ね。 これからは、姉様(ねえさま)じゃなくて、”とっち”って、呼んでほしいな。  私も 瑞貴って、呼ぶようにするから。。。」 「・・・はい。 栃ねぇ… とっち!  今後とも… じゃなくって。。。 これからも、よろしくね。」 「うんっ♪ 瑞貴、よろしくね!」  笑い合いながら、想い出の詰まった 書棚(しょだな)に着くと、瑞貴は、見えない扉を開いて その中へと。  (すず)やかな表情で山道を(のぼ)ってきた、峰乃 赤松は、栃実の姿を見ると、 「…なぜかしら。 此処(ここ)が、(なつ)かしく感じるのは。。。」 と、(ひと)()ちる。  栃実は、峰乃 赤松に寄り添うと、書棚から戻った瑞貴を呼び寄せた。  かつて、共に学び合い 修養(しゅうよう)(はげ)んだ 三人は、今では、理想郷へと皆を導くため その想いを()せている。  瑞貴は、ひときわ大きなブナの 記憶(きおく)種子(しゅし)を手にすると、それを紐解(ひもと)いて、極相林の映像を展開した。  瑞貴…。 この光景が… 先人が夢見た、森の調和が保たれた・・・。  森の… 私たち樹々の… ()(すえ)の、姿なのね。。。  程よく差し込む木漏れ日を受けて、様々な樹々の葉が 生命力に満ちた輝きを放ってる。  そう… とっち。 私達が、お互いに譲り合って成長することで、このように皆は等しく陽光を浴びて、元気に育つことができる。  …うむ。 天雷(てんらい)にて授かりし、山の神様よりの 英知(えいち)の通り。  (ゆる)やかに (おだ)やかに せせらぐ川の向こうには、陽光煌(ようこうきら)めく 開けた空間が。  (はる)か以前から そこに()るだろう 朽ちた倒木からは、新たな樹が芽生え、若木が生育する。  (これ)が、倒木更新(とうぼくこうしん)。  新たな(はぐく)みの()を形成し、樹々の世代交代を担っている、森の姿。  お母様の書物にも ありましたよ、峰乃 赤松様。  皆が元気に育っていて、美しい花を咲かせ 多くの実りを振舞っています。  その根張りまでもが元気ですから、豊かな土壌をしっかりと(つか)んで、崩落のような災厄は起こりにくくなっています。  これ程までに調和の保たれた森に活きる樹々なら、競争もなく、生命活動への余裕ができるでしょうね。  栃実さん…。 風にそよぐ樹々の、枝葉の舞い…。 とても優雅ですね。  (かな)でられる葉音も、生命への喜びを唄っているかのよう。。。  そうですね・・・ 峰乃 赤松様。  そうしてできた、あらゆる余裕は、このように お唄や舞いなどにも()てることが出来る。  皆は 心まで豊かになれるから・・・。  皆を… 理想郷へと、導くことが 出来たなら。  私たちの想いや願いは、きっと叶えられるでしょうね。。。 「・・・たどり着きたいね。 みんなで、ここに。」 「辿(たど)り着きましょう。 皆で、ここに。」 「…うむ。 必ずや、成し遂げよう。 ()神託(しんたく)を。」  最善(さいぜん)の、お務めの代行について話し始めた、栃実と 峰乃 赤松を二人にした瑞貴は、ご神木(しんぼく)と成った ブナ大樹の枯死木(こしぼく)に寄り添う。  その木漏れ日からは、皆を優しく見守っているかのように、暖かな春の陽光が差し込んでいる。  お母様が(のこ)してくれたのは、みんなの希望や 道標(みちしるべ)。  共に歩む この道は、あなたが(まばゆ)く 照らしてくれる。  そして・・・ やがて辿(たど)り着くでしょう、私たちが(かえ)(ところ)までの道のりは、みんなで織りなす物語と、成るでしょう。。。  極相林と成って(ひさ)しい、山の神々が住まう神界(しんかい)の森。  (おだ)やかに森の中をせせらぐ川の、水源となる澄んだ泉には 壱乃峰(いちのみね)の森が映し出され、山の神は、その森の調和や樹々の生命活動を、見守っている。  伝達された、森の出来事や 樹々の想いを、結実(けつじつ)した その大きく(つや)やかな種子(しゅし)へと宿(やど)し終えた 椿(つばき)は、泉へと向かうと、泉の(ほとり)で壱乃峰の森の様子を記録している山の神に、呼びかけた。 「・・・瑞樹(みずき)。」  その呼びかけに続いて、美歌(みか)が、 「瑞樹の記録は、物語のようで()いわね。」 と、話しかけた。 「…光栄ですわ。」  とだけ返答した瑞樹に、美歌は続ける。 「今季の物語が、どうなるか・・・。 私も、楽しみにしております。  貴女(あなた)が見守る 壱乃峰の様子は、如何(いかが)かしら?」 「…ふふっ。 ご覧のように… 皆、健在ですよ。  ほら、あの()たちも、善く皆を導いてくれております。。。」 「~すぐ行くから、カフェで待ってて。」  (りん)とした声で 微笑みながら、紅葉(もみじ)(かえで)に声を掛けた とっちは、カフェ『nolia(ノリア)』の2階にある事務所の窓から、顔を出す。  その視線の先は、このホオノキの巨樹が大枝(おおえだ)を落としてくれたおかげで (ひら)けた空間となっていて、早春の暖かな陽光が まだ小さなコナラの若木にまで降り注いでいた。  その、こなたの居所(いどころ)では、描き上げられた自身のイラストを見ながら、瑞貴が 少し気恥(きは)ずかしそうに、喜びの笑みを たたえている。 「素敵なイラストを、ありがとう。 とても上手に描けましたね、こなたさん。」  スケッチブックを こなたに手渡すと、瑞貴は、朝日に照らされた高台の神木(しんぼく)へと視線を移して、つぶやいた。 「お母様・・・。 壱乃峰の森に、また新たな才能を持つ()が、現れました。  …ふふっ。 この森の未来が、楽しみですね。。。」 「樹々は唄い、風に舞う」 第二部 ~巫女編~ 完。 第一部 ~樹々の恵み編~ に つづく
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