王府へ

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(敏!)  声が出ない。  喉が枯れたのか、それとも全身の疲れからか、いくら叫ぼうとしても声が出なかった。  ただ、敏の声を聞いた途端、ボロボロと涙が零れた。 「小父さん、それの中を見せて!」 「駄目だ。触るな」 「友達がいなくなったんだ! 姉さんたちは病気になったんだっていうけど、元気だったんだ!」 「その姉さんたちに聞けばいい」 「見せてくれれば済む話だろ!」 「出来ない。これは王府に持っていくものだ。下がれ」  敏の幼い悲痛な声にも、男たちは冷淡に応える。  覃家の春正殿にいる大人は中年の男ばかりだ。  王府での奉職を終え、子供たちの教育や鍛錬を行う。  この男たちのように年若い男たちは、春正殿の人間ではない、王府に出仕している武官だ。  だからこそ、敏もおかしいと声をかけたのだろう。 「墨が死んだのなら、教えて! 最後に姿を見せてくれ!」 「下がれ」 「墨! 返事をしてくれ!」  声が出ない。  墨は体の痛みを押し殺して、樽を蹴飛ばした。  けれども、びくともしない。  そればかりか、鋭い痛みが足から走り、一瞬視界が真っ白に染まった。 「墨! 墨!」  敏は墨を呼ぶ。  しかし、墨の視界は黒いぶちに塗りつぶされ、やがて、何も見えなくなった。 *****
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