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墨が見やれば、磨き抜かれた刀身に、自分の顔と見たこともない女の顔が映っている。
しかし、分かる、この女は覃家の者だ。
墨染の衣をまとい、髪を一つに結わい、無感情に墨の細い首筋に剣を添わせる。
「私は覃錚。陛下の姫奴であり、姫奴を束ねるものだ。お前に再度問う。お前は影となり、その骨身を持って王家に尽くすと誓うか」
ぷつり、と皮膚が裂ける音がした。
「誓う」
恐れはなかった。
首をはねられるかもしれないという恐怖を不思議と感じなかった。
「誓う……! 僕は……いいや、私は、私の姫のために生きる」
そう叫ぶと、墨の体からバチバチと火花が散った。
錚の剣の表面を青く細かい稲妻が走る。錚も眉を寄せて剣を取り落とした。
墨の肩までの髪が怒った猫のように広がり、ぎゅうとその瞳孔も小さくなる。
墨は自分の体に起こった変化には気づくことなく、真っ直ぐに目の前の姫を見つめている。
我が身の光。
墨は姫の手を握りしめた。
これが覃墨が生涯尽くすこととなる姫との出会いであり、姫奴として生きることが定められた瞬間のことであった。
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