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姫は院子に咲いた鮮やかな花々の前に立ち、未来の夫君のために写真を撮った。
両手を叩いてはしゃぐ女官を尻目に、墨は腕を組んだまま写真機を睨み続けた。
美しい姫だ。
天籟の姫君らしい漆黒の艶やかな髪、すらりと伸びた手足、自然と笑んだ口元。
天籟更紗の独特の藍のような漆黒のような色合いの衣装はとてもよく似合っている。
銀糸で施された刺繍は流れる水の意匠で、天籟国の開闢を示した格式高い衣装だ。
写真家の老師を見ていた姫の目が、ふいと墨を見た。墨は咄嗟に姿勢を正す。
姫は穏やかに微笑み、墨から自分の傍に視線を移した。
「映れと……?」
姫の口角が上がる。
「小墨」
姫に名前を呼ばれ、墨は唇を噛む。
姫奴は特別な奴隷だ。
姫たちを守り、命を懸ける。
いつでも王家のために生き、王家のために死ぬ。
覃家に生まれ、姫奴に選ばれた。
墨染の衣に袖を通し、既に亡き者として王族の影となる。
それが姫奴だ。
「姫様がお呼びよ」
女官は墨の葛藤を知ってか知らずか、背中を押した。
祠堂の女官は、出仕してから死ぬまで王府を出ることが許されない神職を兼ねている。
彼女も家族を捨て、天籟国を支える祭祀を滞りなく行うために暮らしている。
(……そうか。姫は王府の祠堂を出て……生きることが出来るのか……もっと広い世界を見る事が)
複雑な気持ちだ。
喜ぶべきか、悲しむべきか、墨には判断が出来なかった。
そっと傍に向かう。
髪を整え、衣服を直す。
隣に並ぶと、墨の頭は姫の胸のあたりの高さにある。
ふたり並んで、写真機を見る。
微笑んだ姫の真横で、墨は口を真一文字に結んでいた。
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