姫奴どもの夜

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姫奴どもの夜

「足音がうるさい」  人気のない廊下を歩いていた墨は、扉の前でぴたりと動きを止めた。  透かし彫りで内部が薄っすらと見えるその臥室(しんしつ)は、錚のものだ。  中から蝋燭の灯りが薄っすらと漏れている。 「クリークヴァルト公国との婚姻はいつから動いていたのですか」 「それをお前に答える意義と必要を感じない」 「我が姫が欧州に嫁ぐというのに……!」  墨は小声で、けれども必死に語り掛けた。  錚は少しだけ黙り、それからため息を漏らした。 「最早大英帝国は、大清の英夷ではない。大清の栄華は潰え、この大陸に続いた朝貢の文化も消えるだろう」 「天籟国の外の話です」 「外が乱れたのなら、この国に安寧を求める荒民はやがてくる。──上海はもう異国の手に落ちたと思え」 「上海……?」 「大清はもう老いた。日本が台湾から上海に台頭してきたのだ」  そんな、まさか。  大清の敗戦は聞き及んでいる。  理解もしているが、墨も大清が本当に崩壊を目の前にしているのだと実感できるほど大人ではない。  覃家の邸宅で育ち、姫奴になってからは王府の祠堂から出ていない。  姫の生活範囲の中でお守りするだけだ。  墨はぎゅうと、その小さな手を握りしめた。
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