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「──錚、お願いがあります」
「何か」
「私に、姫奴としての力を使う方法を教えてください」
姫とはじめて会ったその日、墨は自分の体から稲妻が走ったことを覚えている。
あれきりあの感覚は体験していないが、恐らく覃家の祠堂で会った老爺──墨は雷公だと信じている──が授けた力のはずだ。
錚は何か言い淀むような間をみせた。
そして、微かな衣擦れの音を立てる。
ドサドサドサ……──
前触れもなく扉があき、墨の前にいくつもの書物が投げ落とされた。
「これから、天籟語を使うことを禁じる。明日よりクリークヴァルト公国の公用語たる独語、もしくは英語でのみ話せ」
「錚!」
「お前は姫の影。クリークヴァルトにも追従してもらうことになるだろう」
「そのために、姫を守る力が欲しいのです!」
墨は必死に錚に叫んだ。
「この身に受け入れた雷公の力を使う方法は、私も知らない」
「え……?」
「それよりもお前のすべきことがあるはずだ」
錚は墨を無表情に見下ろしている。
墨の縋るような目にも表情は変わらない。
「天籟国がこれからも生き残るため、姫は欧州の国に嫁がねばならない」
「天は天籟の元にあります」
ふっと錚が口角を歪めた。
「天があるからだ。天があるからこそ、女媧の守護を受けるためにも、国は生き延びねばならない」
「錚……」
「今に分かる時が来る」
ゆっくりと扉がしまる。
墨は閉ざされた扉の前で渡された書物を手に、しばらく動くことが出来なかった。
その冊子はクリークヴァルト公国に関する史書と、独語辞典だった。
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