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婚姻の準備
姫の婚礼の支度はどんどん整えられ、墨もそのための準備に明け暮れた。
まず、相手国クリークヴァルト公国の公用語である独語をひたすらに覚えた。
錚によって会話は全て独語で行うように言われ、場合によっては英語を使うようにと徹底された。
うっかり母語で話しかけた時、錚は墨をしたたかに打った。
背中が何度裂けたか分からないが、錚やそのほかの姫奴たちが当然のように独語を話し、姫も流暢な独語を操るのを見て、墨も必死で食らいついた。
今上陛下の命で姫たちは英語と独語、そして仏語を学んでいる。
中でも墨が仕える末の姫が一番言語に優れていた。
それが自慢だったのだが、いざ自分が覚えるとなると話は違う。
そんな準備をしている間にも、墨の背はちっとも伸びなかった。
あの日撮った写真のまま、全く変わっていないようにも思う。
それが自分の進歩のなさを表しているようで悔しかった。
女官たちも姫の輿入れの準備に、この一年は忙しそうにしていた。
クリークヴァルト公国は、イスベルバシュ家が治める大公国だ。
十六世紀ごろに、オーストリアとドイツの間、クリークヴァルト方伯領を相続によって継承。
一六五六年にループレヒト・フォン・イスベルバシュが神聖ローマ皇帝フェルディナントIII世によって公爵に陞爵されて成立した。
オーストリアに地理的に近いこともあり、クリークヴァルト公国はいくつかの歴史的変遷をたどる。
様々な国の実質統治から逃れた点は天籟国の来歴と似ているのかもしれない。
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