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かつて、フランスに革命をもたらした英雄──ドイツ連邦側からすれば悪魔──ナポレオンは、神聖ローマ帝国を滅ぼした。
ナポレオンの起こした嵐は様々な国でいくつもの波乱を巻き起こしたが、彼自身もまた、嵐のようにあっという間に歴史から消えてしまう。
ナポレオンが去った後、残されたのはフランス革命からはじまり、ナポレオン戦争を経て疲弊した欧州だけだった。
ドイツ連邦はナポレオンの災禍の中で、オーストリアを盟主とし、旧神聖ローマ帝国領のほとんどがその連邦に名をつらねた。
そして、オーストリア帝国の宰相メッテルニヒにより、欧州は秩序を取り戻す。
所謂、一八一五年に成立したウィーン体制だ。
ナポレオンの謳った自由主義を否定し、あくまでも帝政によって秩序を保つことを定めた。
このウィーン体制はある程度の間、欧州に安定をもたらしたが、一八六六年に状況は暗転する。
──ドイツ連邦内で戦争がはじまったのだ。
プロイセンがドイツ連邦を一方的に離脱し、それに対してドイツ連邦は宣戦布告。
長い間、オーストリア帝国を中心に秩序を保っていた国々は、その戦争を境にそれぞれの道を歩むことになる。
プロイセンは戦争に勝利し、一八六七年独立し、現在のドイツ帝国の前身となる北ドイツ連邦を建国。
クリークヴァルト公国もドイツ連邦から離脱、永世中立国を宣言した。
現在の大公であるゴットホルト・クリークヴァルトの息子、フリートヘルムが、姫の夫となる。
彼は大公世子として勉学に励み、王族の常として現在クリークバルト陸軍元帥の名誉職についている。
墨は暗記するほど、クリークヴァルト公国の歴史や、フリートヘルムの報告書を繰り返し見た。
(天籟国は大陸の覇王が何度倒れても、独立して何百年と続いた国だ……それなのに、こんな生まれたばかりの小国になんて……!)
その怒りが腹の底から湧いて、墨を落ち着かなくさせる。
その度、祠堂の奥の鍛錬場に出向き、鍛錬を行う。
女媧の像の横に伏羲と、そして雷公の像もある。
その像たちは見守るというよりも、墨を試しているように見えた。
(雷公はきっと、女媧を守ったように、私が姫を守ることを望んでおられる……)
あの闇の中で墨を見ていた老爺を思い出す。
筋骨隆々とした雷公像と、枯れ枝のようだった老爺は全く似てはいなかったが、口元のどこか酷薄さが滲む笑みは似ていた。
ここから二年の時をかけて、天籟国は欧州クリークヴァルト公国との結婚に関する協議を終えた。
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