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通訳の親子
「はじめてお目にかかります。日本で貿易商を営んでおります、朝賀学人と申します。この度は殿下の御輿入れに同行させていただくことになり、大変光栄にございます」
クリークヴァルト公国が用意したホテルの一室で、姫と朝賀家の親子は引き合わされた。
朝賀家のことは墨も知っている。
天籟更紗の取引を王室から許された数少ない商人のひとりだ。
日本では唯一、朝賀家のみが選ばれ、姫の母上である現王の即位式にも招待されたほど、関係は深い。
そのため、墨は姫の準備は念入りに行った。朝から湯浴みをし、髪を何度も何度も梳かし、いくつもの細い編み込みで髪と簪、金飾りで飾り立てた。
冠は被らないが、それでも姫の威光を見せなければ。
そう奮闘する墨を、姫は「ふふ」と眠そうにしながら微笑んでいた。
欧州のスイートルーム、ゆったりとソファに流した袍の裾のひだのひとつまで完璧だ。
墨の姫は、ヴェネチアでも美しく、神聖さを損なわれてはならない。
「存じ上げております。私はチン・ムオ。姫の御付きの者です。直接姫にお声をかけませんよう」
未婚の姫を外に出すなんて、天籟国としてはあり得ないことだ。
それが輿入れとはいえ、天を支える職務のある姫は、最も尊い存在であり、ただの人間が目にしていいものではない。
墨としては珠簾もなく、直接姫が一介の商人と顔を合わせるということに抵抗があった。
そんな墨の抵抗を察しているのだろう、朝賀家の父は、にこやかに頷いた。
墨はあまり日本人を見たことはないが、話しに聞いていたよりも長身で、スーツの洋装が板についている。
その娘もブラウスにくるぶしが出る丈のスカートと、洋装だ。長い髪は三つ編みにして垂らしている。
隠しきれていない好奇心の滲んだ目は、そろそろと姫のスイートルームを窺っている。
墨と目が合うとおっとりと微笑み、片方の頬にえくぼが浮かんだ。
「ご安心を。私はこの先、役人同士の通訳をするくらいで、姫にお目にかかることは滅多にございませんでしょう。ここポートサイドからヴェネチアまでは船で三日ほど。あっという間です」
墨は意識してゆっくりと頷いた。
「娘を紹介させていただきます。……ほら、霞、ご挨拶を」
「お初にお目にかかります。娘の霞と申します。わたしまで随行をお許しいただき、とても光栄でございます。クリークヴァルトまでの間、よろしくお願いいたします」
父親に促されてお辞儀をした少女は、つぶらな瞳をきらきらとさせて姫と墨を見た。
姫と目が合い、霞はその頬といわず顔中を真っ赤にさせた。
墨が天籟一の美女と信じる姫だ、霞も可愛らしい少女だが、姫には及ばない。
墨は、ふん、と息をつく。
姫は挨拶に微笑んで、微かに頷く。墨はただ黙って挨拶を受けた。
朝賀は娘の背中をぽんと叩いた。
「さぁ、霞、姫様も出立の準備があるだろうし、すぐに行くよ」
「そ、そうね、お父さま」
そうね、と言いつつ、霞は姫に目が釘付けだ。
父に背中を押されながらも、霞は「その!」と言葉を続けた。
「そ、その、とてもお美しい天籟更紗ですね」
「……王族だけが身に着けられる最上級の品です」
墨は頷きながら返した。
「ええ、姫様の御顔立ちをとても美しくさせています……!」
「霞、お前は何を言っているんだ」
興奮した娘に呆れ顔で、朝賀はため息をついた。
「失礼。覃殿」
「いいえ」
ため息交じりの墨の返事に、今度は全身を真っ赤に染めて、父に連れ出された。
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