通訳の親子

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 欧州の物は、何もかも、天籟国が影響を受けている大清とは違う。  クリークヴァルト公国の用意した客船の豪華さは、王府などの雰囲気や仕様と大きく異なり、墨を圧倒した。  巨大な客船は見上げるほどに大きく、見たこともないほど太い煙突が空にそびえたっている。  上海から乗った商船も十分に大きいと思ったが、それ以上だ。 「姫様にご使用いただけるのは、ファーストクラスラウンジと、一等客室になります。その一区画は姫様以外、利用できないよう、制限をかけておりますのでご安心を」  赤毛の男が、聞き取りにくい上に早口のドイツ語でまくしたてた。  朝賀の通訳でようやく半分ほど単語を理解できたが、どうやら訛りが強いようで閉口した。  赤毛の男は、クリークヴァルト公国の役人で、旅程の中、姫につけられた公国側の人間の代表だ。  姫の部屋に用意された客室には、暖炉のある居間があり、シャンデリアが船室を明るく彩っている。  白地に写実的な花と蔓が描かれた壁紙は汚れひとつなく、すべての調度品も磨き上げられていた。  姫は暖炉の傍にあるソファに腰かけ、挨拶に来た役人を眺めている。  墨は姫のすぐそばにいつものように控える。  勿論、姫自身は独語を理解出来るが、公国の人間は天籟語を理解出来ない。 「何かご質問は?」  朝賀が尋ねるので、墨は首を振った。  赤毛の役人は、ふん、と鼻を鳴らす。  それから、半身を捻るようにして、入口近くに立つ数人の黒いお仕着せを来た女性たちを振り向く。  全員欧州の人間だろう。女性としても随分と大柄だ。 「ごゆっくりお寛ぎください。不要なことがあればこちらのメイドが対応いたします」 「我不需要女傭(メイドはいらない)」  墨が間髪入れずに断ると、朝賀は戸惑ったように瞬きをした。
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