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「ポート・サイドは西洋風の街並みで驚かれたでしょう。スエズ運河をひらいたレセップス卿の銅像もあるんですよ。もっとも、レセップス卿はフランスの生まれだそうです。パリには父について一度だけ参りました。とってもきれいでしたが、わたしは気後れして、満喫したとは言えなくて……ふふっ、お恥ずかしい……」
(……この娘はよくしゃべる)
墨は姫の後ろに控えながら、用意されたお茶に手を付けず、姫に話しかけ続ける霞を眺めていた。
はじめこそ気後れした様子で、がちがちに緊張していたが、お茶の用意が終わったころに口を開くと、まるでなだれるように話し始めた。
随分と屈託のない娘だ。
朝賀の家は裕福で、平民とはいえ不自由のない生活をしているのだろう。育ちの良さが透けて見える。
「姫は普段どう過ごされているのですか? 天籟では何を?」
「祈りを。天籟の王族は国のために祈ります」
墨が姫の代わりに答えると、霞は目を細めて嬉しそうに頷いた。
「我が国の天子様も国のために祈りを捧げられます。天籟と日本は、似ているのかもしれませんね」
口を汚すことのないように一口大にこしらえたお菓子や、琥珀色の美しい紅茶を目の前にして、異国の娘を相手に姫が話を聞く。
相手は嫁ぐ国の相手でもなく、洋服を着ているが平民で。
姫にずっと旗袍を着せているのは、半ば墨の意地だった。
欧州の調度品の中、姫だけが浮いて見える。
それでも、我が国の姫だ。美しく、強く、そして選ばれし姫……
──……果たして、これが姫のため、そして天籟国のためになるのだろうか。
そんな不安と憤りを追いやるように、墨は小さく頭を振った。
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