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朝賀霞という娘
「ごきげんよう、ムオ。御前に失礼いたします、姫様」
翌日、朝賀霞は、またお茶の時間にやってきた。
今日も洋装で、ブラウスにスカートだが、今日は黄色いカーディガンを羽織っていた。
墨はというと、朝から姫の身支度をして、霞がやって来てもいいように部屋を完璧に整えた。
祠堂では女官の仕事だったが、この旅に女官は同行しない。
墨が全て準備する必要がある。
髪の結い方、着付けの仕方のすべてを女官から教わり、侍女かわりとして過不足なく姫の支度が出来ると自負している。
今日は姫の髪を編み込んで束ね、珊瑚でこしらえた牡丹の簪で飾った。
昨日のように乗船するわけではなく、船室で過ごすだけなので、衣装は一番ゆったりとしたものを選んだ。
上等な白い絹でこしらえた旗袍の大衿は、緑地に朱色で牡丹の刺繍がされている。
その姿の姫を見て、霞は「まぁ!」と声を上げた。
「今日も、とても素敵なお召し物ですね。ムオがお選びになったの?」
「まぁ……そうです」
「姫はとてもいい侍女をお持ちですのね」
向かいの席に腰かけて、霞はうっとりと姫に語り掛けた。
姫は紅を差したように赤い唇で、ふわりと軽やかに微笑んだ。
その表情は、墨が知っている中で、一番姫が満足している時に見せる表情だ。
「髪もムオが?」
「ええ」
「とても器用でいらっしゃるのね」
感心した様子で頷いてから、霞は自分の髪を撫でた。
「わたしは不器用で……髪を三つ編みにするくらいしか出来ません。日本ではお女中さんが結ってくださったんですが、今は自分で支度するしかありませんから」
よく見ると、一筋だけ髪がほつれている。
墨の視線でほつれに気が付いたのか、霞は「ふふ」と短く笑って、恥ずかしそうに撫でつけた。
朝から親子は旅に侍女や女中を従えてはいないようだった。
支度を普段女中が行っているなら、自分では出来ないだろう。
墨は、少しだけ好奇心が疼くのを感じた。
(彼女の髪を結ったら、姫は喜ぶのではないか?)
幸い、ここに侍女として従う墨が、客人たる霞の髪に触れることに苦言を呈しそうな人間はいない。
それに、霞からすれば、墨は無害なただの侍女のはずだ……
「……姫と似たように結いましょうか」
「まぁ! いいんですか?」
「もっと簡単にでよければ。──……いいですよね?」
ぐいっと身を乗り出した霞に気圧されながら、墨は頷いた。
後半は姫に問いかけたが、姫は目を細めて面白そうに笑っている。
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