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「今日もお招きありがとうございます。また、明日の同じ時間にお伺いして大丈夫ですか?」
お茶の時間が終わり、メイドたちが食器を下げる時に、霞が尋ねた。
明後日の午前にはヴェネチアにつく。
姫との長かった海路の旅も、そこで終わりを告げる。
ようやく船旅に慣れたが、次は鉄道だという。
鉄道に乗ったことのない墨にとっては全く想像がつかない。
船のように酔わないといい……と祈るばかりだ。
姫が霞の同席を拒むわけがない。
ちらりと見ると、姫は墨に頷いた。
「今日と同じ時間に」
「はい、よろしくお願いいたします。姫さま、ムオ」
霞の朗らかさは、この船の中で姫が触れることの出来る唯一のぬくもりだ。
墨は船室のドアに立ち、霞を見送った。
何度か振り向きながら、ぺこりと頭を下げて、霞は廊下を進んでいく。
ガラスのはめられた、一等客席とそのほかの区域を分けるドアを開け、霞は自分の客室へと向かう。
(……あの娘は……何歳だ……?)
どうして父親の洋行に年頃の娘が同行するのだろう。
はじめて感じた疑問に、墨は扉に手をかけたまま、霞の後ろ姿を見守った。
彼女が不意に右を向いた。
そして、おかしそうに笑う。
無邪気で子供らしい表情だ。
その表情に墨が驚いた。
見たことのない男が、霞に声をかけている。
船員の男だ。
欧州の人間だろう、背が高く胸板も厚い。
骨格自体が違うのだと、霞と並んだ男を見て感じる。
(ああいう顔も、出来るのか)
姫の前では出来るだけしっかりした姿をみせようとしているのだろう。
船員と笑い合う霞の屈託のない笑みを見ながら、船室の扉をしめた。
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