ひとつの変化

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 思い上がるな。  姫は本来祠堂の中で、天籟の天を支える存在だ。  ただの人間の感傷と同じように感じるな。  苛立ちが熱に変わる。  扉の取っ手を掴んだ指先はどんどん白んでいった。 「そんな言い方はないんじゃねえか?」  随分と高いところから、声が降ってくる。  視界が暗くなったので反射的に顔を上げると、ドリューが一歩前に踏み出していた。  呆れ顔で墨を見下ろしている。  少しくすんだ金髪に、緑と青を混ぜたような瞳。  精悍な顔は日に焼けて、細かな傷がいくつもついていた。  筋肉質な上に長身で、見下ろされると圧迫感を感じるほどだ。  一見して分かる、労働者だ。 「不要だと伝えただけです、聞こえませんでしたか?」 「一回ちゃんと話を聞くとかそれくらい出来ねえのか」 「ど、ドリュー、落ち着いて」 「俺は落ち着いてるさ、落ち着いてないのは、このちっこいお嬢さんの方だろ?」 「お、お嬢さん?!」  墨が驚いてドリューを見やる。 「言い方はきついし、えらそうだし、お前ただの侍女だろ? 姫さまの客人に対して随分な態度じゃねえか」 「お前はただの船員だろ」 「お前の国じゃ、主人の客人をこんな風に無礼に返すのか?」 「無礼なのはそちらだと何度言えば分かる!」 「あの、ドリュー、私のことはいいのよ」  霞はおろおろと眉を下げて、ドリューに声をかける。  ドリューはひまわりのような笑顔を浮かべて、霞を振り向いた。 「俺に任せときな!」  しかし、ドリューの勢いのいい返事に、間に入った霞は何度も瞬きをした。  これ以上は取り合う必要がない。  墨はため息を吐き、扉をしめようとした──、その時、がしっと大きな手が扉を掴んできた。 「まだ話は終わってねえだろうが!」  ドリューだ。  見上げる腕は、墨の太腿より太い。  咄嗟に扉を内側に引くが、びくともしない。墨は慌てて叫んだ。  霞が悲鳴にならない声をあげて、口を両手で覆う。 「姫が中にいるのですよ!」 「なーらー、おー前がー出ぇーてこーいーっ!!」 「粗魯嘅人!《無礼者!》」
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