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扉一枚隔てた船室では、姫はいつもの通り腰かけて、霞たちを迎え入れた。まるで何ごともなく、昨日までのお茶の時間と変わりがないように。
墨は軽く頭を下げてから、部屋の真ん中にドリューを放り投げた。
ドリューは倒れ込み、自分の肩を押さえると、墨を睨みつける。
痛みに片眉を引きつらせたドリューを見下ろす墨の目に、迷いはなかった。
「お前、どういうつもりだ」
もう、取り繕う必要はない。
力を抜いて出したその声は、いつもよりも少し低い。
霞も違和感に首を傾げて墨を見やった。
ドリューは「やっぱりな!」と鼻息荒く声を上げる。
「お前、男だな!」
「だったらなんだ」
墨は冷たく言い放ち、ドリューの顔を蹴りつけ、氷のようにさえざえとした目でドリューを見下ろす。
「痛ぇ!」
無防備に蹴り飛ばされ、ドリューは床に這い蹲った。
肩といい、蹴られた顔と言い、痛みに顔を歪め、汗を浮かべながら転がる。
「くそっ……なんだっつーんだよ」
「ど、ドリュー。あなた、大丈夫?」
真っ青になった霞が、泣きそうな顔をしてドリューに駆け寄った。
墨から庇うように間に入り、首を振る。
「姫さまの前で喧嘩はやめましょう!」
姫。
墨は衣服をただして、姫を振り返る。
「……失礼いたしました」
姫はゆったりと一度頷いた。
姫はドリューと霞を見てから、墨に視線をやった。
その瞳に責める光はない。
姫はこの失態を墨に負わせようとは考えていないようだ。
そうして、姫は深く、ゆっくりと頷いた。
姫は、話せと命じられた。
仕草で分かる。
それが姫奴だ。
「……その男の言う通り、僕は男だ」
祠堂に入ってからはずっと女性用の衣装を身に着けていた。
髪も長く伸ばし、身の回りの世話を出来るように教育された。
「特別な奴隷なんだ、姫様の」
「あの、本当に男……なのですか?」
本当に驚いたのか、霞が尋ねた。
「ああ」
「……まぁ……まぁ、そうなんですか……」
何度も瞬きをしながら、霞は墨を見つめる。
その横に座り込んだままだったドリューは、首をかしげて片目をすがめた。
「しっかし、解せねえな。大事な姫さまのそばに奴隷? 男の?」
「天籟では、性別はあまり重要ではない。重要なのは選ばれることだ」
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