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「わたしは日本で女学校に通っていました。女学校のお友達はほとんど中退しています、みなさんご結婚されたんです。それが、女学校の生徒の当然の将来でした」
その微笑みは、何かを諦めたような、そんな渇きを感じさせる。
「わたしはある花見の会で、公家筋の御方とお会いしました。お互いの父が示し合わせて引き合わせたことはわかりましたから、四阿でふたり、見事な桜を見て、この人が伴侶になるのだなぁとぼんやりと思ったことを、今でもはっきりと覚えています」
どこか遠くを眺めるようなまなざし、微かに色づく頬。
霞の目は潤んでいく。
泣く。
墨は咄嗟にそう思ったが、霞の目から涙が零れることはなかった。
「女学校を退学していった方たちも、みんな、こんな心地になっていたのかしら。地面からほんの少しだけ浮いているような、心臓が飛び出てしまいそうな、このまま卒倒しそうな夢心地を」
「いい相手だったんだな」
ドリューが柔らかな声で言った。
霞ははにかんで、何度も何度も、慈しむように頷いた。
「ええ……わたしにはもったいないくらいの。まさか公家筋の方となんて本当に驚きました……断られることには慣れていましたから……」
霞はきつく三つ編みにした髪を手に取って、墨やドリューに見せた。
「黒く見えますか? これでも、日本にいれば明るい色なんです。ムオや姫さまと比べると、恥ずかしいほどに」
「十分黒いぞ、ブルネットじゃねえか」
「彼女の毛は、赤い」
「そおかぁ? 黒いだろ」
墨がそう答えると、ドリューは自分の髪と、霞の髪を見比べて首を捻る。
霞は苦笑して、三つ編みを撫でる。
そうか。
きつく結んでいたのには、彼女が女中を連れていないという理由とともに、色を濃くするという目的があったのか。
墨は、内心で納得した。
服装は毎日かえるのに、髪型は頑なに三つ編みにしていたのは、彼女の劣等感の現れだ。
「ごめんなさい、ドリュー。あなたにはきっとわかりにくいでしょうね。わたしは、英国人の血を継いでいます。日本では、わたし程度の混血児でもとても目立つのです」
目立つだろう……と墨も理解した
。
天籟族も黒髪がほとんどだ。
その中で別の髪色の外国人大使たちは、憧れと共に畏怖の対象でもある。
霞は姫と比べれば肩幅も広い、それは西洋の血がさせた差異なのだろう。
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