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背中の曲がった老婆はゆっくりと大通りの端で立ち止まった。
人目を気にするように何度も振り返りながら、路地に滑り込む。
先程までのガス灯の人工的な灯りが届かない路地に入り、急に影が濃くなる。
煉瓦が敷かれた街路とは違い、路地は土だ。
老婆は慎重に、足音を立てずに歩いていく。沓の裏に当たる砂利の感触が、長い間歩き続けた老婆の足をさらに痛めた。
路地に面した家の窓からは、子供たちが大きな目で見つめてくる。老婆は視線を避けるように、更に背中を丸めた。
王都の西の端に、目的の場所はあった。
粗末な土壁の小屋の群れを抜けた老婆の目の前に、荘厳な門が現れる。
完全に行きかう人のなくなった周囲を見渡し、老婆は「ほう」と息を吐いた。
綺麗に塗りこめられた白壁、黒々とした屋根瓦。隣国大清の影響を受けた邸宅は、老婆からすれば、なんとも都会的で洗練されて見える。
仰ぎ見るほどに大きな門は、丁寧に漆で染められ、細かい細工が施されている。
門から伸びる塀はどこまでも続いていくように見えた。
間違いない。
ここが目的地だ。
噂と違いない立派な屋敷だ。
趣向を凝らした院子があり、それぞれに正殿があると聞く。
季節を司る院子はそれぞれ違う美しさを見せ、住まう一族を見守っている、と。
そろそろ完全に日が落ち、天籟に夜が来る。
老婆は抱えていた包を下ろし、塀の傍に置いた。それから手を合わせ、ぶつぶつと口の中で祈りを捧げた。
かさり。
老婆は微かな物音に気が付いて、その方向を振り向いた。
塀の上には子猿よろしく、ふたりの幼子がしゃがみ込んで老婆を見下ろしている。
子猿と目が合った老婆は、さっと顔を紅潮させると、忌々しそうに幼子たちをめねつけた。
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