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遠く、海に海霧が見える。
そうすると更に、天籟国を連想させた。
バルコニーの手すりに身体を預けていた墨は、後ろからかけられた無遠慮でがさつな呼び声に、はぁと深いため息を吐いた。
振り向かずにいれば、隣にがっしりとした男がやってきた。
手すりに背をもたれるようにして、両肘をつく。
こちらを覗き込んでくる顔は、片眉を跳ね上げさせて憎たらしい顔で笑っている。
「ガキじゃない」
「なんだよ、お前、船を降りてから、拗ねてんじゃねえのか」
「お前の目は節穴か。どこが拗ねてる」
「全部」
部屋の中を見れば、霞と一緒に姫がドレスの修整をしている。
お針子たちは忙しそうに動き回っていた。
クリークヴァルト公国が準備したドレスは、姫には少し大きかった。
出発までに直すため、お針子たちは大忙しだ。
「……お前はなんでここにいるんだ。姫の私室だぞ」
「いまさらか?」
じとっと横目で睨みつけた墨を、おかしそうにドリューは笑う。
ヴェネチア滞在の晩、霞は正式に姫の許しを得て、晩餐を共にするようになった。
クリークヴァルト公国代表団の役人たちとの通訳を務める朝賀もだ。
朝賀はクリークヴァルト公国までしか同行しない。
その先は、霞は姫と共に過ごすことはないだろう。
身分が違い過ぎる。
未来の大公妃と、異国人の商人の娘。
本来なら、人生が交差することはない。
姫は、船と同じように、霞と過ごすことを望んだ。
墨はそれに従い、用意をした。
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