三、クリークヴァルトへ

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 クリークヴァルト公国のお召列車の横にずらりと並んでいた使節団は、顔を上げずに姫の乗車を見送っていたが、影で働くメイドたちの視線は露骨だ。  街の人々も、どこぞの国の姫を見れたという喜びと共に、東洋の国への侮りを感じる。  見下されて、いる。  ぐっと歯を噛みしめた時、視界の端で何かがキラリと輝いた。  咄嗟に墨は袖から武器を取り出そうとして、唖然とした。  使節団の奥に、ロープを張った一角があり、そこに写真機を構えた男たちが何人も並んでいたのだ。  墨がそちらを見たので、姫もその視線を追う。  そうして、一斉に写真機が音を立てる。  びっくりした墨が姫の前に躍り出て、姫の顔を扇で隠した。  墨染の衣の袖にはいくつかの道具を仕込んでいる。  鉄扇もそのひとつだ。  本来は閉じて武器として使うが、姫を隠す時に使う時もある。  朝賀がそっと墨に耳打ちした。 「ムオ殿、大丈夫です。新聞記者ですから、姫に危害は加えません」 「だが、天籟の姫だ」 「……そうですが、こちらでは王族は顔を見せるのです。写真や肖像画、王女たちも。天籟国のように姫の名を王と神子以外は知ることを許されない、そのような状態は他の国では考えられないのです」  霞も心配そうに墨を見ている。  いつもよりも華やかなドレスに帽子を合わせた霞は、お召列車や使節団にとても馴染んでいる。  ──これが、こちらの流儀か。  記者たちは鉄扇を広げた墨のことも写真に撮っている。  天籟国にも新聞は当然あるが、祠堂に取材は入らない。  この写真も、新聞に載るのだろうか?  墨は鉄扇をしまい、また姫のそばに控えた。  また閃光が何度も瞬く。  その度に、墨の中に怒りか、恐怖か、正体も色も分からない感情が浮かんでは混ざり合い、そして、ゆっくりと体にしみいるように消えて行った。
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