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落ち着け、というドリューの声をむなしく、墨は飛び出していく記者団の最後尾にいた男に、ずかずかと歩み寄った。
カメラバッグの肩ひもを掴み、ぐいっと力いっぱい引っ張る。
「おい、貴様」
男は振り向きつつも、驚いているというよりも、おかしそうに笑いを噛み殺していた。
「姫への質問は許していない」
悔しいことに相手の顔は酷く上にあり、見上げないといけない。
「それは失礼。ええと……君は、ジンリー姫の御付きの子かな?」
「軽々しく姫の名を呼ぶな」
「じゃあ、どう呼べばいい? 名前がないんじゃ記事に出来ない」
「姫の名を知っていい者は家族だけだ」
「でも名乗ったのはジンリー姫だよ」
「貴様……っ」
墨がカメラバッグを引っ張る手に力を込めると、男は眼鏡の奥の目をすぅっと細めた。
そして、男は、ゆっくりと囁く。
「君は野生の猫みたいだ。──君も姫によく似ているね、胸が平たい。天籟の女はみんなそうなのか?」
我慢が出来なかった。
気づいた時には、墨は目の前の男の顎に掌底を叩きこんでいた。
ぐらりと男の体が傾いで、真後ろに倒れ込む。
「おい、大丈夫か?」
「お怪我はっ」
男に駆け寄るドリューと霞の後ろ姿を見て、自分が何をしでかしたか理解する。
クリークヴァルトの一般人を、天籟の姫の付き人が暴行した……そういうことになってしまった。
手のひらに感触が残っている。
ひっくり返った男は、ぴくりとも動かなかった。
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