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「わたしは朝賀霞と申します。父がこの度の天籟国での通訳を務めております。こちらは、わたしの護衛のアンドリュー・ブルー。そして、御存じとは思いますが、チン・ムオ殿。姫の御付きの者として天籟国のころからお仕えしている忠臣です」
ハンスと上司のハウスホーファーに、霞は丁寧にあいさつをした。ドリューはぺこりと頭だけ下げ、墨はじっとハンスを見ていた。
冴えない男。
これが、墨のハンスへの第一印象で、その次に感じたことは「無礼者」だ。
「まさか、こんな小さな子に昏倒されるなんて。情けない……」
「ハウスホーファーさん、舐めてもらっては困る。この子は、本当に一発でぼくを卒倒させたんだからね!」
「……早くしてください。姫のところに戻りたいので」
ハウスホーファーとハンスの会話に、墨は冷たく割り込んだ。
その墨の様子にハンスはにんまりと笑って、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「君はジンリー姫の個人的な使用人なんだろう?」
姫の名前に、墨はぎろりと睨みつける。
「それが」
「やっぱり、他の天籟国から来た人間ともちょっと雰囲気が違う。服も、君だけ形が違うね。大清の旗袍じゃない」
「……天籟族の服です。昔から、民はこの服を着ます」
「じゃあ、君は元々は平民なの? どうやって王族の付き人に?」
「一族が武官ですから」
「そうなのかぁ。見たこともないくらい黒いね。未亡人みたいだ。君は愉快な未亡人って感じには見えないけれど」
「はぁ?」
「メリー・ウィドー!」
未亡人。
喪に服しているとでも言いたいのか。
縁起でもない。
姫の影となり、御身を必ず守るという誓いの込められた墨染めの衣は、覃家の誇りだ。
墨が言い返そうとした時、それを遮ったのは霞だった。
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