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「天籟では、喪に服すときは白を用います。黒は用いません。文化が違いますので」
「それは失礼。不勉強でした」
「いえ、差し出がましいことをいたしました。父からの聞きかじりで、お恥ずかしいのですが」
霞は頬に手を当てて、おっとりと微笑んだ。
ハンスは手帳をひらき何ごとか書きつけている。
(旗袍が分かるのに、どうして喪服の色が分からない……? からかっているのか?)
よっぽどハンスを見る目が厳しかったのか、ドリューは「ちょっと失礼」とハンスたちに声をかけて、がっしりと墨の肩を抱いて背中を向けた。
ドリューは困ったように眉を寄せて、墨を覗き込んだ。
「おい、今度は殴るなよ。庇えねえからな」
「お前を殴るぞ」
「おいおい、なんでそんなにカリカリしてんだよ」
「無礼だと思わないか?」
「記者だ。そうやって記事を書くんだろ。お前の反応を待ってる」
「だとしても信じられない」
「おいおい、頼むぜ」
こそこそ会話している背中に、ハンスが愉快そうに「ねえ」と声をかけてきた。
「何発でも殴っていい、一発につき十分、直接姫さまと話をさせてくれるならね」
「ハンス」
流石にハウスホーファーが咎める。ハンスは肩をすくめて、ぼりぼりと頭をかいた。
「部下が重ね重ね御無礼を。食事はこちらで出しますから」
「結構です」
「もうオーダーは済んでいますから。──食事を頼む」
ハウスホーファーは墨の異論を封じるように、食堂車のボーイに声をかけた。彼は丁寧にお辞儀をして、厨房車に向かう。
「ワインはいかが?」
「ハンス」
今度は呆れ声。
どうやら、ハウスホーファーも奔放で無礼な部下に手を焼いているようだった。
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