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「あの万年筆……」
「ムオも気づきましたか」
「ポート・サイドで見た。最新式の万年筆だろう」
「そうです! 日本では六円もするんですよ。お父さまがプレゼントしてくださいましたけど、大事になさいと何度も仰っていました。子供のおもちゃではないのだから、と」
「やっぱり」
あの男は、変だ。
黙り込む墨、やり場のない憤りにため息ばかりの霞を見下ろしながら、ドリューはバリバリと頭をかいた。
「なーんか、変な奴なんだな。あいつ」
その変な奴がお召列車に乗っている。そんなことが、一体ありえるのだろうか。
食堂車から姫の過ごすサロンへ戻る間、気まずい沈黙のなか、響くのは車輪の音だけだ。
「でも……」
霞がぽつりとつぶやく。
「もしも、姫が本当にあのハンスさんに心を許されたのだとしたら」
「そんなわけない」
「分かりません。姫がもし、真剣にあの方を一目で見初めたというのなら……、わたしたちが何か口を挟む必要はないのかもしれません」
「霞……」
霞はまっすぐ前を向いていた。ただ、どこか潤んだ瞳に、彼女の許婚の死を思い出して、墨は言葉を飲み込んだ。
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