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黒いワンピースのようなものを着た少女が『その部屋』に入るのを、確かに車掌は見たけれど、気に留めなかった。
それよりも、彼を呼びつけた神経症のご婦人が甲高い声で呼ぶ声と、その声に反応するように他の部屋から聞こえてくる咳払いが重要だ。
ブルネットと言うよりは、闇色のような髪が印象的だったが、顔は見ていなかった。
「ブランデーはまだ!? もう、車輪の音がうるさくて眠れっこないわ!!」
「──ゴホンッ」
モルヒネと、ブランデー入りの紅茶がなければ、ご婦人は静かにならない。
急がなければ、クレームが他の乗客から入り、朝一で車掌長から怒られるだろう。
「ブランデー! ブランデーよ!」
彼はすぐに、その少女のことを忘れてしまった。
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