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午後のお茶の時間だと紅茶と焼き菓子の類が用意される中、例の赤毛の役人がやってきた。
朝賀がつき従っているのは理解できたが、何故かその後ろに目をらんらんと輝かせた朝賀の娘、霞もいる。
墨が眉を顰めると、赤毛の役人は会釈した。
「短い旅とはいえ、殿下もお相手が必要でしょう。朝賀の娘は、お年頃も近い」
「……姫と同席させると?」
「ええ。おひとりでは心細いでしょうし、朝賀の娘は洋行の経験も多くありますから。きっとお役に立ちます」
──お役に立つ。
その言葉は墨の反感を更に加速させたが、ぐっとこらえた。
朝賀の家は確かに今上陛下と親しい。
しかし、一介の商人だ。
陛下のように公務のある王族と、祠堂に仕える姫たちはまた違うものだ。
「唔好玩我……《ふざけるな》」
墨が唸るように漏らすと同時に、耳に清かな衣擦れの音がした。
姫だ。
ハッと我に返る。
怒りに身を任せてはいけない。
錚がいたのなら、確実にぶたれただろう。
いけない。
怒りに身を任せては、ならない。
ソファに腰かけてくつろいだ様子の姫は、墨をじっと見つめている。
墨は咳払いをした。
「朝賀の娘」
「は、はい……っ!」
返事は上ずって裏返っていた。
数時間前、はじめて会ったばかりの娘だ。
人柄も知らない。
もしも、クリークヴァルト公国がよからぬことを考えていたのなら……と考えても、
霞は頬を赤らめて、もじもじとしながら、姫を真っ直ぐ見ているだけだ。
その目に浮かぶのは、美しさと高貴さへの純粋な尊敬。
姫をちらりと見る。
姫は墨に対して、微笑んで頷いた。
「……姫は霞と過ごしたいそうです」
ぱぁ、と霞の目の輝きが増す。
「ただ、ここで聞いたことを外に話すことは許されません。分かりましたか」
「勿論です!」
霞は感激した様子で、膝を折る要領でお辞儀をした。
「その、姫様にお伝えください。とても光栄です、と」
(……直接姫に声をかけるなと言ったことを、気にかけているのか……)
また墨が姫を伺うと、姫は瞬きをした。
「……霞、姫に直接話すことを許します」
「ありがとうございます……!」
「ただ、分別を持つよう。分かりましたね」
あまりにはしゃぐ霞の様子に、釘をささずにはいられなかった。
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