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霞は必死で続ける。
「危険かもしれない。姫を守るには確かにこのラウンジや、部屋にこもるのが一番だわ。でも、永遠に姫を守れるわけじゃない」
「黙れ。姫をお守りする、それが、姫奴の務めだ。天籟の姫は国の宝だ。天籟を支え、守り抜いてきた方々だ」
ふん、とドリューが鼻で笑う。
「どの国の王族もそうだろ。ヴィクトリア女王陛下だってそうだ」
「意味が違う。天籟の王族には『天』がある」
「だから、なんだっつーんだそれは!」
「神から与えられた祝福の力だ。国を守るため、一度だけ使うことが出来る」
ひとりの姫は、自ら戦地に赴き、夫君を心変わりさせるために『天』を用い、天籟に向けた兵を引かせた。
ひとりの姫は、西からやってきた悪い病を止めるため『天』を用い、その重大な被害のためにその身を犠牲にした。
ひとりの姫は、邑からはじまり山火事に発展した炎を『天』のために一晩で消し去った。
『天』は天籟を守る、天籟を守るための力を、天氏の女性王族たちはその身に受ける。
ドリューは大きく肩を竦めた。
とっておきの、ただしとてもじゃないが笑えない冗談を聞いたかのように、苦笑している。
「そんなの神話だろ?」
「他の国の人間に、『天』を理解できるはずがない」
無駄だ。これ以上は、姫の重要さをこいつらが理解できるはずもない。
墨は座り込んだままだったドリューの腕を掴み、立ち上がらせる。
「ここで聞いたことは忘れろ」
「忘れなかったら?」
「殺す」
ドリューは肩を竦めて、バリバリと頭を掻いた。
「安心しろ。お偉いさんたちがやってる変なことなんて、俺みたいな下々の者には関係ねえよ」
「どうだかな……」
「だが、お嬢さんの言ってる通り、お前さんのやってるこたぁ、無意味だと思うがね。船を降りたらどうすんだ? 永遠に女装し続けるのか? これから声変りもするし背も伸びんだろ?」
「大きなお世話だ」
「どうにも出来ねえさ。船の上だから出来てんだ。窓からは誰も入ってこれねえ。姫が嫌だといったといえば人払いも出来るし、公国の人間だって近づけられねえわな。でも、陸じゃそうはいかねえ」
ドリューは墨を覗き込むようにして、痛いところをついてくる。
黙り込んで睨みつけるだけの墨の胸を、拳でトンと叩いた。
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