新しい道

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新しい道

 翌日は、朝から海霧が立ち込めていた。  衛士に少し離れたところを歩かせ、その前を墨が歩く。  こうすれば、何かあればすぐに自らが盾になり、相手を殺すことも出来る。  今日は姫は天籟更紗の旗袍に、略式の冠を被っている。  髪は細い三つ編みで飾ったが、ほとんど下ろしたままだ。  美しい黒髪が、天籟更紗の深い色に、とても映える。  姫のシャラシャラとなる冠の音が、霧に囲まれた船の上を支配するように響いた。 「この季節は霧が多いんだ。もう少ししたら霧も晴れて、陸が見えてくるんだがな」  ドリューは声が大きい。 「そんなに大声を出さなくても聞こえる」 「甲板にいたときの癖だ! どうしても風の中で話すから、大声になるんだよ」  墨は全身に緊張感を張り巡らせているのに、案内を仰せつかったドリューはのんきそのものだ。  姫のように身分の高い相手に会えるということの高揚感は多少あるようだが、元来おおらかなのだろう。 「これ以上、船首には行けねえんだ。揺れるし、危ないからな」  風は思ったよりも強く、そして体に張り付くようだ。天籟の風とは匂いも、何もかも違う。  姫は目を細めて満足そうにあたりを見渡していた。  ゆっくりと手すりのそばまで歩き、そこに佇む。 (……あの霧の向こうに、嫁ぐ先がある……)  この空は、天籟の天ではない。  この先、姫はどんどん選択していくのだろう、墨の考えていた天籟の姫としての未来ではない未来を。  けれど、自分はついていく。  姫を守るため。  風が強く吹く。  霧がゆっくりと晴れていき、姫の冠は金色の光を反射する。  まぶしい。  姫の微笑む横顔が、見えなくなる。 「なんだぁ? お前、泣いてるのか?」 「うるさい」  まぶしい。  まぶしくて、何も見えなくなる。  風がとても強い。  長い髪を押さえて、墨は唇をかみしめた。
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