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三、クリークヴァルトへ
長い船旅を終えて、ヴェネチアでは三日滞在することになった。
遠く東洋の王女が輿入れのために滞在するとのことで、街は賑やかだ。
用意されたホテルでも礼を尽くした歓迎を受け、部屋には既に、クリークヴァルト公国からの贈り物が届けられていた。
姫への紺色のドレスと、小さな、けれどもたくさんの宝石で彩られたティアラ。
どちらも見事なものだ。
ヴェネチアは夢のように美しい街だった。
街中に張り巡らされた水路を見ているだけで、姫はとても楽しく過ごせたようだ。
時折トラゲットや水上バスが滞在するホテルの窓の下を漕いでいく。
ヴェネチアの言葉は分からない。
いつも人々が楽しそうに歌う声が響き、バルコニーの姫に気付けば歓声を上げる。
平和だった。束の間の平和。
ヴェネチアの海は美しく穏やかだ。
船が起こす波もない状態で見た海は、秋口に天籟を包み込む雲をどことなく連想させた。
薄っすらと深い靄のように、雲がかかる。
標高が高い地域は雲に沈むのだ。天籟もそうだった。
そんな日が、墨はとても好きだった。
船の次は鉄道のたびだ。
ヴェネチア・サンタ・ルチーア駅から、ドイツ帝国を南下し、オーストリアとドイツ帝国の狭間にあるクリークヴァルト王国のクリークヴァルト駅まで。
ヴェネチアの三日の間に、クリークヴァルト公国が用意した軍人と侍女たちが最終合流し、姫の身の回りを世話する準備をすっかり整えた。
墨は意見を挟む隙間も持つことはなく、姫の傍に控えて過ごした。
「おい。ガキ」
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