(こぼれ話)アメリア・バルバラ・アーチボルド

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(こぼれ話)アメリア・バルバラ・アーチボルド

 ○アーチボルド・ザルツナー  アーチボルドはフローラの助言通り、アメリアを連れてお気に入りの見晴らしが良い丘まで遠乗りに来ていた。 「ここが俺のとっておきだ」 「わぁ……!」  アメリアは最初、もっと無骨な場所を想像していた。武具や軍関係の資料館といった、いわゆる汗臭い場所を。それが蓋を開けて見れば、色とりどりの花々が咲き誇る、なんとも乙女チックな光景が眼下に広がっていた。 「ここはな、四季それぞれに違った顔を見せてくれる、ザルツナー自慢の花園だ」 「自慢の……と言うことはお造りになられたのですか? これだけの物を!?」 「何代か前の当主がな、戦の褒美は花の種が良いと、皇帝陛下に強請ったのだそうだ」 「……ブリュンワルグの悲恋、ですか?」 「悲恋……か。確かにそう言われているな。当時の皇女ブリュンワルグに恋をしたエドワード・ザルツナー、だな」 「ええ……当時ただの男爵に過ぎなかったエドワード様は、武勲を上げた折りに所領を賜ります。その際、ブリュンワルグ皇女殿下のお姿を見掛け、一目惚れをしてしまうのですわ。しかし、当然身分が違い過ぎて恋が実るはずも無かった。そこで彼の方は武勲を上げ続け、頑なに褒美を固辞し続けるのですわ。望みはただ一つ、と。しかしブリュンワルグ皇女殿下は病に倒れられ、呆気なくお隠れになる……。悲しみに暮れるエドワード様はそれでも武勲を上げ続ける。相変わらず褒美は受け取らないまま……。流石に皇帝陛下も示しがつかぬ、何か無いかとエドワード様に問うた所、姫の愛した花々の種子が欲しい、と。せめて姫の愛した花々が咲き誇る地を、我が所領に作りたい……ああっ! 何て美しい話でしょうか! まさかここがそうだったのですね!」  盛り上がるアメリアに対し、アーチボルドは苦笑している。 「いやなぁ、アメリアには悪いが、そういう格好良い話じゃ全くなかったんだ」 「……と、申されますと?」 「一目惚れしたのは皇女殿下の方でな」 「まぁ!」 「エドワード殿は晴れ舞台に緊張しきりで何も目に映ってなかったらしい」 「まぁ!? ……ではどうしてあのようなお話になったのですか?」 「皇女ブリュンワルグ殿下が押しかけてきたのだ」 「んっまぁああっ♪」  恐らくあちらの世界であれば、ハートマークや星マークが飛び交ってることが想像に難くないレベルで目がキラキラするアメリア。だが気にすべき事はそこでは無く…… 「エドワード殿には誘拐の容疑がかけられた」 「………………」  固まるアメリア。そんな様子に苦笑しながらアーチボルドは言葉を続ける。 「突然の事に困惑も混乱もしたエドワード殿ではあったが、ブリュンワルグ様の事はかなり好みだったらしく」 「!?」 「単身皇城に乗り込んで直訴したらしい。『娘さんを下さい』と」 「ッキャ――――――ッ!」 「釈明に訪れたとばかり思っていた皇帝陛下も、これには唖然としてなぁ。次いでエドワード殿を追いかけてきたらしいブリュンワルグ殿下も揃って嘆願し……娘に甘かった皇帝陛下が折れる事となった」 「そうなんですの!? ……素敵ですわねぇ」 「周りとしてはたまったもんじゃ無いけどね。後の話は皇女殿下がお隠れになる以外は本当」 「えっ? ……では?」 「ブリュンワルグ様を賜っておいて褒美などとんでもない! と突っぱねていたそうだ。まぁ皇帝陛下が皇女殿下に何不自由なく過ごさせるために爵位を、勲功を挙げやすい外敵を排する辺境伯という形で与えたのだがな」 「狡いと仰る方も出てきそうですわね」 「実際、以後は何人か同じような事、つまり下級貴族でありながら辺境で武勲を挙げんとする輩も出たが、成功させたのはエドワード殿お一人だ」 「愛の力ですわね!」 「うちはブリュンワルグ様の血が入ってる。だから欲しいと思った相手は絶対に諦めない。覚悟しておいてくれ、アメリア。例えお前が他にいい男を作っても、絶対に手放したりしないからな」 「……は、はひぃ……(ボンッ)」  この後アメリアはアーチボルドの腕に抱かれて、ゆっくり帰りましたとさ。  ●●●  バルバラ様は? (はぁ……羨ましいですわねぇ)  バルバラはアンニュイだった。 (確かに? 2番目でも構わないとは思いましたわよ? ……しかし)  アメリアは先日、ザルツナー家の秘密の花園に連れられていったとか。そんな話を聞かされたバルバラは、人知れず歯嚙みしていた。 (そりゃあ確かに? お花畑なんて柄じゃありませんけど? でも……何というか、こう……あああああっ!) 「ああ、ここにいたのかバルバラ嬢」 「ひゃひぃっ!? アアア、アーチボルド、様? ……コホン。如何致しまして?(冷静に。冷っせーに)」 「リムレット侯爵にご挨拶に伺いたくてな」 「……お父様に? ですの?」 「あって直接、バルバラ嬢を頂きたいと、ね」 「にょああああっ!?」  バルバラ嬢は壊れた!  ………  ……  … 「ほぉ……それでわざわざ当家に」 「ええ。アーチボルド・ザルツナー改め、アーチボルド・ゴルドマンです」 「ゴルドマンの入り婿か……。バルバラが君に懸想していたため、そしてゴルドマンという、家格は格下にしても、勢いとしては最大派閥の家柄を考慮して、やむなしと許しはした。……が、入り婿風情が娘を欲して降嫁させんとするならば、話は別だぞ?」 「……はっ!? お父様!?」 「なんと言われましても、私がバルバラ嬢を欲して側室に迎えたい、その事に変わりも嘘偽りも御座いません」 「ひああ!? あああ、アーチボルド様ぁん!?(いやいやいや! 嘘ばっかりではありませんの! 私が! アーチボルド様を! 好きすぎて! ……ちょっかい掛けて自滅して。お情けで割り込むことを許されたのですわ……)」 「私の知る事実とずいぶんと違うな。私の知る顛末は、そこな目に入れても痛くない程大事ながら、後先考えない馬鹿娘が」 「ごふっ」 「あろう事か、忠義篤い臣下の家の者を唆し、ゴルドマン家の令嬢にちょっかいを掛けて自滅して」 「ぐふっ」 「他国のスパイに襲われそうになった所を助けられ、心意気を買って貰ってようやく側室の座に滑り込む事を許された。……違ったかね?」 「お父様! 酷すぎますわよ!?」 「バルバラや……私がどれ程カルネオ家に頭を下げたか知ってるかい?」 「うぐぬぅっ!? ……そ、その度は大変ご迷惑を」 「まぁ冗談だがね」 「ぅおっ父様ぁああ!?」 「あちらの話は、ゴルドマン家と直々に話がつけられているし、何より敵国のスパイが絡む件であったのでな。スパイを見落としていた事については小言を言われた程度だし、後に建国時から存在していた抜け穴まで出てきてはな。後になってむしろ謝られてしまったわ」 (むっきー! なぁんで何時も何時もお父様は私をお揶揄いになられるんですのぉっ!?) 「……仲がよろしいんですね」 「そうだとも」「何処がですの!?」 「お父上はバルバラ嬢の反応を見て、よりよい反応を引き出さんと、言葉を選ばれている」 「うっ……そう言われると」 「リムレット侯爵」 「何かな?」 「俺は好かれているからと、ゴルドマン家の勢力拡大のためだからと、そんな理由で彼女を欲したりしません」 「………………」 (ひぃあぁぁぁあ!? わたっ、わたくし、この瞬間に死んでも本望ですわぁっっ!) 「バルバラ嬢を側室に迎えるという話は、アメリアの提案でした。当初私はその案に渋りました。知ってはいるが、深くは知るわけではないし、妻ならアメリアだけで十分だと」 「……っ!(ジワァ……)」 「ほぅぉ……」  リムレット侯爵から殺意が吹き零れる! 「しかし、アメリアに諭されました。バルバラ嬢をよく知ってからでも遅くは無いと」 「……で?」  未だ不機嫌な侯爵とバルバラをよそに、アーチボルドは訥々とバルバラについて見知った事を挙げていった。 「まず一つ。非常に努力家であるという事。文武両道で、どちらも首席である事。それは入学してよりずっと維持してきた事であるが、元々は武芸には明るく無く、家庭教師を招いてまで磨き上げた事」 (ピクリ) 「誇り高くはあるが、自分に何ができてできないのか良く理解していて、自分にできないことは人に頼る柔軟さを持っている事。……シルバ殿に関しては、スパイであったロドミナに悪用されてしまい責任を感じているらしく、かなり頻繁に謝罪しているらしい事」 (ひゃああ!? 穴があったら入りたいですわぁ!) 「リムレット家を誇りにしていて、魔眼を継承したことが密かな自慢であること。誇り故に、何時でも家の力になれるよう、目の届く範囲の人物……即ち、学院生の人相をほぼ網羅していること」 「……ふむ」 「こんな俺の事を子供の頃より慕い続けてくれているのに、俺と国への忠義と天秤に掛けられたとき、迷わず国を選んだ事」 (!?) 「懸想されている側としては、そこは君を選んでいて欲しいとは思わんのかね?」 (お父様!? いっ、意地悪ですわっ!) 「むしろ惚れる所でしょう? スパイを前に、誘いを断れば命が無かったかもしれないのですから」 (はぁんっ! アーチボルド様! 素敵!) 「ふむ……国への忠義で首を差し出される覚悟もあるという事か」 (ぅおっとうっさむぁああ!?) 「……有り得ませんね。私も国への忠義で負けるつもりはありませんし。大体、その決断自身、俺に嫌われたくないからだったと、当のロドミナより聞き及んでおります」 (あの方はぁっ!?) 「……で、君はそれらを総合して、我が娘を娶りたい、と?」 「いえ、それらはアメリアの助けを借りて知り得た情報です。俺自身が彼女を観察して思った事は……バルバラ嬢は極めて愛らしい女性だという事です。感情を素直に表に出す所なんて特に。何か上手くできた時の表情などは、思わずこちらも嬉しくなってしまうような華やぐ笑顔を見せてくれます。……正直、惚れました」 「……はぎゅんっ」  この時、バルバラ嬢が奇妙な声を上げてぶっ倒れたもんだから、侯爵への挨拶は強制的にお開きとなった。後にアメリアに「最高のデートになりましたでしょう?」と聞かれたバルバラは、しばらくの間は頭が上がらなくなったとか……。  この後、アーチボルドのゴルドマン家への婿入りと、バルバラ・リムレットとの婚約が同時に発表された。嫡男ではないアーチボルドの婿入りはともかく、家格の劣る家の婿養子との婚約となると、余り前例が無かったのだが、同時に発表する、というのはアメリアなりの拘りだったらしい。 「私達に上下はありません。が、アーチボルド様のお子は私が先ですからねっ」  とは、アメリア嬢の言である。……流石にそれは時の運としか言えないのだが。
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