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四月初旬。
自分が行く異動先には、同期が居た。
その同期が希望部署に行くらしく、その穴埋めに俺があてがわれた。
まだ入社して一年なのに、思い通りになる奴もいるんだな、と羨ましく思う。
まあ、自分には確固たる希望が無かったからかと後悔した。
ちゃんとアピールはしておかないとな、と悟った。
そんな希望部署をアピらなかったのは、今の所でもいいかと思っていたからだ。
やっと仕事を覚えて一年が巡れたのに……動かされた。駒みたいに。
「本当にお世話になりました」
引継ぎに行ったら同期は、先輩に向かって頭を下げ、おいおい泣いて別れを告げていた。
(泣く位なら、移りたいっていうなよ)
内心舌打ちしながら、その光景を離れて見ていた。
空気を読んだのか同期は走って俺の元に来て、頭を下げて来たから、少し気は晴れた。
「あの方が今度君の教育係の先輩。俺はめちゃくちゃお世話になって……本当に出来た良い先輩だから」
涙声で、耳打ちして紹介された。
さっき同期が泣きながら頭ペコペコ下げてた相手を差して。
俺は同期の紹介を聞き流し、自分の感覚で見極めるために、引き気味で目を凝らして見た。
(……見覚えが、無いな)
同じ社内に一年居たけどフロアが違うせいか、印象にない人だった。
他部署でも、目立つ先輩は印象に残ってて、可愛がって貰えるように押えとかなきゃなと、脳内チェックリストに入っている。
だけど、同期から紹介された人は、俺的に除外者だった様だ。
見た目も地味で、大人しそうな印象だ。
も一つピンと来ないなと思ってる間に、同期に連れて行かれた。
「よろしくお願いします」
自分が受けた先輩への印象はおくびにも出さず、面接百点の満面の笑顔で挨拶した。
「こ、こちらこそ、これからよろしくお願いします」
後輩に向かって、丁寧な言葉で返事してくれた。ぎこちない笑顔で。
気弱そうな、人の好さそうな感じが全開。
押さえるべきチェックリストから外れていたのも、間違いじゃないと感じた。
俺が見極めた新しい先輩の品定めは、出た。
(世渡り、下手そうだな)
怖かったりややこしそうな先輩だったら嫌だなとビビッてたけど、目の前の先輩をみたら少し笑える余裕が出た。
(多分これから一番直で世話になるのはこの人なんだろうけど……俺がここで抑えるべき人は、別だな)
笑顔で会釈しながら、そんなことを冷静に考えていた。
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