32人が本棚に入れています
本棚に追加
綾瀬と佐々木の、ちょっとした内緒事。
「寒いですね!」
着膨れして、まるでふくら雀のようになっている佐々木亜夢はそう言うと、隣に立つ壮年の男性を見遣る。
「所長は、ずいぶん薄着なんですね? コートだけなんて、年寄りのクセに平気なんですか?」
「お前ね、一言多いんだよ」
所長こと綾瀬塔矢はそう言い返すと、次にニヤリと笑った。
「ヒートテック二枚に、裏起毛の肌着上下だ。防寒対策はバッチリだ」
「うわ~そう来たか」
佐々木はそう言うと、背中にしょっているデイパックをちょっと意識しながら、チッと舌打ちをした。
それに気付き、綾瀬は「何かあるのか」と話を向けるが……。
「別に! 何でもないですよ」
そう素っ気なく言い捨てると、佐々木は参道を歩くスピードを上げる。
「それより、さっさと参拝して帰りましょうよ。お袋から年越しそばの差し入れがあるんですから」
「事務所で食うのか~? ご両親は寂しいんじゃないのか?」
「兄貴夫婦が子連れで来てますからね。それに、仕事関係の人や親戚も来るし。ウチは年末年始は外人だらけで賑やか過ぎるくらいです」
佐々木の両親は共にグローバルで交友関係が広いし、そもそも父親は日系ブラジル人だ。
「でもオレは、パンより米派なんですよね~。で、オレがいると余計な手間が増えるから、むしろ外出してくれた方が助かると。お袋、雑煮とかおせちとか嫌いなんですよ」
明るい茶色の髪に、明るい琥珀色の瞳をしているが、佐々木はしっかり日本人だ。
トールタデフランゴやレンズ豆では、正月気分になれない。
「……トールタデフランゴって、豚肉料理だっけか?」
「そうです。向こうの正月ではお馴染みの家庭料理ですね。美味い事はうまいですが……」
でも、正月はそうじゃない感がする佐々木である。
「オレ、やっぱり日本人ですから! だから、ガキの頃から毎年オレ用に、年越しそばだけは用意してもらうんですよね」
今年はそれを、二人前にしてもらった。
最初のコメントを投稿しよう!