そこにいるぼくたちは

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 きょうは朝から深く積もりそうな雪が降っている。  あんまり誰にも共感されない趣味なのだけれど、雪の多い街に生まれたぼくは小さい頃、大雪が降ると長靴で足跡を付けるのが好きだった。自分がそこを歩いてきた、という痕跡が確かに残る瞬間に立ち会っているような感覚が嬉しかったのかもしれない。  そんなぼくについて、雪深いところにまで無邪気に走るその姿が心配になる、と生前の父が付けていた日記にはそんな風に書かれていて、父に叱られた過去をふと思い出す。日記を読まなければ、死ぬまでその記憶は意識のうえに浮かぶことのない片隅に追いやられたままだったかもしれない。偶然、かつて父の使っていた書斎のクローゼットの奥から数十冊に及ぶ日記が見つかり、父の歩んできた人生の登場人物のひとりとして、ぼくはその色褪せた日記を適当に選びぱらぱらとめくる。  不思議な感覚で、まず父が日記を付けていたことに驚く。  最初は斜め読み程度の雑な読み方をしていたが、文字を追っていくうちに、気付けばその姿勢は正しくなっていった。
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