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達磨ストーブの上に置かれた薬缶がシュッシュッと音を立て、静かな空間に響く。
「この辺りはよく、狐も出てくるんですよ。でも、今日みたいに雪が酷いと、見れないかもしれませんねぇ」
「狐ですか?」
「そうなんですよ。だからこの辺りに住む人たちは昔から、狐に化かされないように煙草を持ち歩いているんです」
「へぇーそんな伝承が」
「お客さんは煙草は吸わないみたいだから、化かされないようにねぇ」
女将はそう言って、悪戯な笑みを浮かべる。
銀ノ介は、はぁと曖昧な笑みを返し、焼き魚を口にした。
食事を終えた銀ノ介は部屋に戻ると、再び窓枠に腰掛けた。
朝に比べて明るくとも、雪の勢いはそのままであった。
ふと、銀ノ介は目を細める。
森からこの旅館に向かって、点々とした人間の足跡が残っていた。この場所は旅館の裏側に位置しており、客人であれば正面の舗装された道から来るはずだ。
もしや狐が化けているのかもしれないと、銀ノ介は期待に胸を弾ませた。この地域に生息する狐は、年を追うごとに消滅の危機に瀕しているという。
狐が化けて、この旅館に泊まろうとしているのであれば、是非お目にかかりたかったのだ。
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