人たる者の足跡

4/10
前へ
/10ページ
次へ
「……ええ、そうですけど」  ぼそぼそと答え、青年は視線を落とす。 「こんな雪だと外にも出れなくてね。良かったら、私の部屋で飲まないかい?」 「僕は……下戸でして」 「じゃあ、将棋ならどうだい? もしくは、最近仕入れたばかりの書物があってね。学生ならば、お目にかけたい代物だと思うのだが」 「はぁ……」  あまり乗り気ではなさそうではあったが、銀ノ介は「椿の部屋で待っている」と言い残して、その場を後にした。  部屋に戻ると、さっきよりも雪は弱まりつつあった。窓から見下ろすようにして地面を見ると、足跡はすでに雪に覆い隠されていた。  しばらくすると、「お邪魔します」と言う声と共に襖が開く。 「良く来たね。まぁ、座りたまえ」  そう言って、銀ノ介は座布団を勧めた。  座布団の前に正座する青年は、居心地悪そうに視線をふらつかせている。  温度を持たないような白い頬に、切れ長の眼。瞳と同じ黒髪が、やや湿り気を帯びていた。  彼が狐であるのならば、人間に化ける才は充分に兼ね備えているように思えた。 「君は何処の学生さんかい?」 「東京の方です」 「なるほど。だけど、どうしてこんな雪深い時期にこんなところへ?」  青年は一瞬、視線を彷徨わせた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加