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「……研究している昆虫を探しに来たのですが、道に迷ってしまったのです」
青年は嘘を吐いている。こんな冬の時期に、虫などそうそうに見つかるはずはない。銀ノ介は気づいたが、あえて頷いた。
「そうなのか。ご苦労なことだね。私は休暇でね。来たのは良いけれど――こんな雪じゃあ帰ることもできずに、足止めを食らっている次第なのさ」
「それは……ご愁傷様なことで」
「でも、こうして君と懇意になれたのだから、これも何かの縁かもしれないね」
青年はそうですねと頷く。だが、緊張しているのか、肩が張ったままであった。
「ご両親は、元気にしているのかい?」
「……両親は、数年前に亡くなりました」
「そうか……残念だ」
俯く青年に、腕を組みながら銀ノ介も哀愁に浸る。自分もかつて、早くに両親を亡くした身であった。
同情も手伝い、銀ノ介は鞄を手元に寄せると、中から名刺を取り出す。
「これを持っていたまえ。もし、困ったことがあれば、私に頼ってくれればいい」
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