11-6. 〈血の呼ばい〉の行方

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「毒杯か?」ザシャは笑った。もはや、貴族相手に口調をとりつくろうことも面倒になっていた。「さすが、お貴族さまにはいいものがあるじゃないか」 「これが欲しいかね?」老人はゆったりと杯をかかげた。  ザシャは即答した。「みじめに処刑を待つより、一瞬で楽になるほうがいい。そいつを寄こせよ」  老人がうなずきかけると、従者が杯を取ってザシャに渡した。彼らの気が変わらないうちにと、青年は一気に杯をあおった。   「これが毒か? すぐ死ねるのか?」  ザシャはいぶかしむ。かすかに薬臭いが、それ以外には目立った味もない。しばらくは、手持ちぶさたな間があって、そして……。  猛禽(もうきん)のような無感情な対の目が、自分を観察しているのを感じた。 「なんだか、身体がどんどん重くなっていく……これが毒なのか?」再び、そう呟いた。 「毒だとも」エンガスは穏やかな乾いた声で言った。「おまえが思っているような毒かはわからないが、ものだ。意志による抵抗は奪い、身体への命令は残す。従順にに協力できるようになる」  話が違うじゃないか、という声はあがらなかった。囚人の目はしだいにうつろになり、手足が弛緩(しかん)してゆらゆらと前後に揺れはじめている。  エンガスは、従者がザシャを抱えて運ぶのを眺めた。 「リアナ陛下ほどはないが、被験者はいつでも歓迎されている」  そして、永遠に貼りついた仮面のような笑みを浮かべた。
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