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美貌の女潜入員モーガンは、五公十家につらなる大貴族の嫡子に買われた。その値、金貨650。会場がざわめく、この夜の最高額だった。およそこの金額で、タマリスに家が一軒建つ。
(ずいぶん、貯めこんでいるお貴族さまが多いじゃないの)
警備隊だけでなく、税務官も舌なめずりをして喜びそうな光景だった。
そして、リアナが競りにかけられる番となった。胸部を覆うだけのボディスに、動くたびに太ももがあらわになるスカートといった、踊り女のような恰好だが、牢の中と同じようにふてぶてしく腕を組んで立っている。巨大な鳥籠めいた檻に入れられていたが、小鳥のようには見えなかった。
「次なる花は金茶の巻毛、健康にして頬はバラ色。じゃじゃ馬馴らしがお好きな男性にはよいお相手になることと思います――」
口上を述べる男は、どの女性にも同じような美辞麗句を述べ立てている。正直に言って、モーガンほどの美貌をもたないリアナに対し、紹介のセリフはそれほど熱の入ったものではなかった。
だが、上がった声は予想外のものだった。
「1200」
「せ、1200?!」
それまで冷静に場を進行していたオークショナーが、驚いて木づちを取り落としそうになった。
競りの序盤から、思わぬ高額が提示されたのだから無理もない。
札を持つのは、威風堂々たる体躯の一人の男。長い脚を組んで、舞台のよく見えるVIP席に座っていた。オークションの性質から仮面をつけてはいるが、それでも高い鼻筋や形の良い口もとは隠せない。豪奢な肘置きに腕をのせ、もの憂げな顔を支えている。仮面の後ろの髪は黒。隣には銀髪の使用人がいるが、こちらは護衛も兼ねているようで剣を下げていた。
「……1200。M伯D卿」
オークショナーは驚きを隠せない様子だったが、取り繕うように台詞を続けた。
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