その1:最後の授業

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「えっ? お、おでん? えっと…大根?」 「おおっ、三上は大人だなあ」 「ええっ、そうかな? 普通じゃない?」 「先生は若い頃、大根があまり好きじゃなかったんだ」 「そうなの? いがーい」 「大根はだしがしみてるけど、独特のクセがあるだろう? あれがどうにも苦手でなあ」 「へえ…あっ、でも若い頃ってことは、今は…」 「ああ、今はとても好きだ。こんなに好きになるなんて、若い頃には想像もできなかったよ」  教師はそう言って微笑むと、顔の向きを三上から生徒一同へと変える。 「若い頃に好きじゃなかったものが、年を取ってから好きになる。似たようなことが君たちにもいずれ起こる…これは本当に驚くべき実感なんだ。たとえ家と職場を往復するだけの生活になっても、新鮮な変化を人生に与えてくれる」 「……」  生徒たちは黙って聞いている。  ただ、その顔に表れる疑問の色は少しずつ濃くなり始めていた。  万引きと依存の話はどこに行ったのか。  テーマの答えである『依存の可能性を自分の中に生まれさせないようにするため』とは、要するにどういうことなのか。
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