その1:最後の授業

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 それがわからない教師ではない。 「もし若い時に…つい出来心だとしても…万引きをすればその経験が残る」  彼は今まで浮かべていた笑顔を消し、声をわずかに低くした。 「悪いことというのはスリルに満ちている。成功させればとても楽しい。歳を取れば嫌いなものだって好きになるかもしれないのに、そんなスリルを大人になって思い出せばどうなるか」 「……!」  にわかに張り詰めた教師の言葉に、生徒たちの顔が青くなる。  寝ているはずの中山までもが、緊張してかその手を握り込む。  教師は、この反応を生み出すために回り道をしてきたのだ。  彼は満を持して、生徒たち全員に向かって断言する。 「もう自分では止められなくなる。やめようと思ってもやめられなくなるんだ」  それは種が芽吹き、花を咲かせるようなものだった。  花が咲けば、もう自分では止められない。一度治まったように見えても、それは花が枯れて新たな種がまかれただけなのだ。  最初の種と新たな種の数が、同じとは限らない。  芽吹いて花が咲くまでの早さも、同じとは限らない。
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