6 星のまたたきに願いをこめて

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 男ふたりで食べるバーベキューは、美味しかったし楽しかった。焼きたての肉や野菜を頬張りながら、悠は満面の笑みを浮かべていた。 「お肉、おいひいれす」 「悠さん、そうやって食べてるとハムスターみたいですね」  トングを手に次々と悠の皿に肉を盛りながら、奏人は笑った。ひとしきり食材を食べ尽くしたところで、ふたりの前にキャンプ場のスタッフがケーキを手にやってきた。 「ケーキ? こんなの頼みましたっけ?」 「俺が頼みました。明日は悠さんの誕生日なので」  差し出されたケーキをテーブルに載せ、悠はケーキを見つめた。真っ白なケーキの上にはたくさんのイチゴと、「ゆうさんおたんじょうびおめでとう」と書かれたチョコレートプレートが載っていた。  幼い頃ずっと憧れていた、悠のためだけの誕生日ケーキにじわりと胸が熱くなる。 「俺、誕生日ケーキなんて初めてです」 「ロウソクもありますよ。立てますか?」 「それは……ケーキが穴だらけになっちゃいそうです」     ふたりで笑い合いながら切り分けたケーキは、ほろりと甘く口のなかで溶けていった。これが幸せの味なのだと、その時悠は初めて思った。  ケーキを食べ片付けをしたあとは、施設内の風呂に入った。温まってテントへ戻ってくると、奏人は悠の手をそっと掴んだ。 「悠さん。星を見に行きましょう」  ダウンジャケットを着込み、森を抜けた場所にある拓けた高台の芝生の上に腰を下ろす。きらきらと輝く星空が視界いっぱいに広がって、悠は感嘆の声を漏らした。 「わあ、すごいです。こんなきれいな星空、初めて……」  青みがかった黒い夜空には、都市部では見えないような小さな星々や天の川までくっきりと浮かんでいる。数えきれないほどの星のひとつひとつが、それぞれに瞬きを繰り返す様子に悠は見入った。  南寄りの空にはオリオン座やおうし座、ふたご座といった冬の星座が、東の空には北斗七星が見える。北斗七星から連なるおおぐま座を視線でなぞっていると、奏人の手が冷えた悠の手を握った。 「俺は星のことは分からないけど、きれいですね」 「はい。あそこに見える三つ並んだ星が、オリオンのベルトです。その上と下にある星を結んでできるのが、オリオン座。日本だとつづみ星って呼ばれていました」 「つづみって、あの楽器の鼓? 確かに言われてみれば、そう見えるような気もしますね」  興奮したように星座のことを話す悠の指先を、奏人の温かい指先が軽く包む。そのまま指と指の間をまさぐるようにふたつの手が絡まった。 「悠さんの手、冷たいです」  恋人のように手を繋がれ、心臓がきゅっと切なくなる心地がする。奏人の温かさを指先で感じながら、悠は彼に肩を寄せた。 「悠さんは、なんの星座が好きですか?」 「え、なんだろう。……うお座かな」 「へえ。自分の星座だからですか?」 「それもありますけど……うお座って、二匹の魚が糸で結ばれた星座なんです。その魚は、女神アフロディテとその子のエロスが変身した姿だと言われています」  奏人は悠の話をうなずきながら聞いてくれた。 「ふたりは怪物に襲われた時に、魚になって川に逃げ込みました。その時に離れ離れにならないようにお互いを紐で結んだんです」  小さい頃は、うお座みたいに自分も両親と見えない糸で繋がっているのだと信じていた。今はつらくても、いつかその糸を手繰り寄せて両親が悠を抱きしめてくれると思っていた。  幼い時に味わった孤独と寂しさが込み上げてくるようで、悠はうつむいた。 「昔は……俺もあんなふうに両親と繋がってたらいいなって、思ってました」 「悠さん…………」  奏人の声とともに、手を固く握りしめられる。それが悠には、奏人と悠との間を繋ぐ一筋の光の糸のように見えた。 「でもこれからはきっと、大丈夫です。全部奏人さんのおかげです」 「あはは、俺は電話口でキレただけですけどね」  悠は奏人と顔を見合わせて笑う。ひとしきり笑ったあと、悠は小さく息をついた。 「奏人さんには、不思議となんでも話せますね。出会った頃から今まで、奏人さんがいつも話を聞いてくれたからかな」 「好きな人のことを知りたいと思うのは、当然じゃないですか?」 「そっか……そう、ですよね」  淡い光の糸を手放さないように、ぎゅっと彼の手のひらを握り返した。どこにいても互いを手繰り寄せられるよう、強く、固く。 「ねえ、奏人さん。俺も奏人さんのこと、知りたいです。奏人さんがどんなお家に生まれて、どんなふうに育って、なにが好きでなにが嫌いなのか……知りたいです」  心音がどきどきと大きく身体中にこだまする。上目で奏人を見遣ると、彼はこくりと喉を鳴らした。 「悠さん、それって」 「すみません、ちゃんと言いますね。……俺、奏人さんのことが好きだと思います」    奏人の真っ黒な瞳に、悠の瞳が映り込む。まっすぐに彼のことだけを見つめて、悠は続けた。 「奏人さんのしてくれたことへのお礼なんかじゃなくて、これは俺の本心です。心の底から、奏人さんにそばにいてほしいって思います」  魔法のように、奏人への想いが言葉のうちに溶けだしていく。長い睫毛に縁取られた奏人のまぶたが瞬く。 「奏人さんは、いつだって俺のことを肯定してくれました。だからきっと、奏人さんのことが好きになったんだと思います」  奏人の言葉は、いつも悠を優しく受け止めてくれた。泣いてばかりの悠を、ありのままで認めてくれた。そのままの自分で良いと、心から悠に思わせてくれた。  奏人といる時は心のままに泣いて良いし、笑っていられる。悠はそう感じていた。 「本当に俺でいいんですか?」 「はい。奏人さんがいいです」  悠の言葉を聞いた奏人の腕が伸びる。その両腕は悠の身体を絡め取り、強く彼の身体に抱き寄せた。 「俺、これからも悠さんのこと、たくさん泣かせてしまうと思います」 「それでも奏人さんと一緒にいたいです」 「悠さん……」  ぎゅっと抱きすくめられ、胸が高鳴った。すぐそばに奏人の顔が迫る。鼻先が触れるくすぐったい感覚とともに、奏人の声が降ってくる。 「……キスしていいですか?」  奏人の言葉に、目を見てうなずく。その瞬間に唇に温かな奏人の唇が触れた。  触れるだけの優しい口付けは、悠の心の深いところまで柔らかくとろけさせていく。解けた心のまま奏人の胸に身を預けると、奏人の心臓もとくとくと音を立てているのが感じられた。 「悠さん。俺、悠さんのことがめちゃくちゃ好きです。これ以上ないくらい、悠さんが好きです。だから今、すごい嬉しくて……俺、どうかしてしまいそうです」  奏人の声の振動が彼の胸から伝わってくる。 「俺、悠さんのこと絶対大事にします。悠さんがくれる愛情以上に、悠さんを幸せにします。悠さんが俺を選んでよかったと思ってくれるように頑張りますから」    慈しむようなキスが、額に落とされる。まるで結婚を誓うような奏人の言葉が胸に沁み、じわりとぬくもりを広げていく。そのぬくもりが溢れ出すように、悠の瞳から涙の雫が頬を伝った。 「悠さん、どうして泣いているんですか?」 「し、幸せすぎて。俺、こんな幸せなこと、初めてだから」  涙は幸せでも流れるものなのだと初めて知った。ごしごしと目元を擦っていると、奏人の長い指が雫をそっと掬ってくれた。 「悠さんは幸せでも泣いちゃうんですね」 「ごめんなさい、こんな泣き虫で……」 「いいんです。俺は泣き虫な悠さんが好きになったんですから」    頬を擦り寄せた奏人の体温が悠の素肌に溶けていく。あたたかな涙の雫が奏人の頬を濡らした。   「悠さんの涙は、星の光が映り込んでいるみたいにきらきらしていて、きれいです。ずっと見ていたいくらい、きれいでかわいいです」  奏人の声がひどく優しい。その甘い音色に包まれながら、悠は目を閉じた。  空には見渡す限り、星々の淡い光が瞬いていた。
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