4 いまだ知らない恋の味

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「来月、悠さんの誕生日ですよね」 「え? あ、そうでした」  家のドアを開けたところで、奏人が突然切り出した。誕生日を誰かに祝われたことがなかったので、言われるまですっかり忘れていた。 「一緒に星を見に行きたいんですけど、いいですか?」 「星……?」 「はい。北関東に星の見えるキャンプ場があって。キャンプっていっても、自分でテントとか持っていく必要はないやつです」  それはつまり、ふたりきりでお泊りということか。  一緒に暮らしているため今さら恥ずかしがることでもないが、それでも顔が熱くなるのを感じる。   「あ、あの、それって」 「ふたりでお泊りデートです。……嫌ですか?」  奏人に不安そうに聞かれ、悠はふるふると首を振る。彼の顔を見ていられなくて真っ赤になってうつむくと、奏人が息を呑む気配が伝わってきた。 「でも悠さんに絶対手は出しませんから。それだけは誓います」 「し、知ってます。今までだって奏人さんは紳士でした」 「でも、今のは……結構やばいです」    奏人が閉じた玄関の扉に手をつき、彼の両腕に閉じ込められるような姿勢になる。大きく息を吐いた彼をどきどきしながら見つめることしかできなかった。 「か、奏人さん?」 「悠さん。悠さんは俺を煽るのが上手いです。無自覚なんでしょうけど、お泊まりって聞いて顔を赤くした悠さんを見てると、俺……」  勘違いしそうです、と奏人は低く呟いた。彼は苦しそうな顔で、ただ悠の一挙一動を見つめていた。  奏人の声に、表情に、水面が凪ぐように心がざわつく。彼の温もりを覚えてしまった身体が、彼に触れたいと叫び出す。この感情がいったいなんという感情なのか、悠は知らなかった。  彼の吐息を肌に感じるたび、腰に甘い痺れが走る。不思議な感覚に目を瞬かせていると、奏人は悠へ手を伸ばした。 「悠さん…………」  奏人の指が悠の顎にかかる。そのままくいと顔を上げさせられ、奏人とまともに見つめ合う形になる。 「……ごめんなさい、キスしてもいいですか?」  その問いかけに、胸が高鳴る。答えるより先に奏人の唇が静かに悠の口を塞いだ。 「…………ん、ぅ……」  柔らかい唇で唇を吸われ、図らずとも鼻から甘い音が漏れる。腹部に滴り落ちていく自らの熱を自覚し、悠は小さく吐息を漏らす。 「かな、とさ…………」 「悠さん……かわいい、かわいいです」  角度を変えて、何度も口付けられる。その度にあたたかい奏人の体温に触れた唇が、熱く熱を帯びていく。  軽く触れるだけのキスが、もどかしい。もっと深く、口付けてほしい。心の欲求のままに悠は奏人の胸に手を当て、彼の身体を引き寄せた。 「悠さ、ん?」 「もっと……奏人さん…………」  自分の口から飛び出した言葉に、内心驚く。それは奏人も同じだったようで、彼の喉仏がこくりと動いた。 「いいんですか?」 「うん……」  夢のなかにいるように頭がふわふわとして、なにがなんだか分からなくなる。目の前の奏人の顔が欲望の影を孕んでいくのを、悠はただ恍惚と見つめていた。   「かなとさん…………」  彼の名を呼んだ瞬間、後頭部を押さえられまたキスをされる。今度はぬるい舌で唇を軽くなぞられ、身体が跳ねた。  反射的に開いた悠の唇に、奏人の舌が入り込む。どうしたらいいのか分からなくて戸惑っていると、奏人の舌先が悠の縮こまった舌をつついた。 「ん……ふ、ぁ」  舌先を軽く触れ合わせるように、奏人へ差し出す。唾液を纏った舌が密着すると、身体まで溶け合ってしまいそうになる。 「悠さん、かわいい…………」 「かな、と、さ…………」  熱い吐息とともに、奏人の舌が悠の舌をそっと包み込んだ。ゆっくりと表面を舐ぶられ、背筋を走った痺れが下半身に落ちていく。腹部に溜まった痺れはじっとりと熱を持ち、身体中に広がっていく。  ――どうしてこんなに気持ちいいの……?  奏人の舌のざらついた感触さえ感じながら、悠は彼の背中に腕を回す。それに応えるように、奏人も悠の身体を強く抱き寄せた。 「…ぁ、……ん……」  唇の端から、あられもない声が漏れる。しかしそうして与えられる快感を逃がさなければ、身体が熱くておかしくなってしまいそうだった。  全身から力が抜けていく。膝が折れ、奏人の腕の中で倒れ込みそうになる。くったりとしてしまった悠の身体を、奏人は胸に引き寄せ支えてくれた。 「悠さん、大丈夫ですか」 「奏人さん…………」  悠の下半身が、奏人の腿に触れる。硬く芯を持ってしまった悠のものを感じたのか、彼は軽く目を見開いた。 「悠さん、……」 「ご、ごめんなさい……俺、からだが、熱くて……」  慌てて身体を離そうとしたが、彼の腕が強く悠を掴んで離してくれない。恥ずかしさのあまり顔から火を噴き出しそうになりながら、悠はうつむいた。 「お、俺、へんですよね……キスで、こんな…………」 「変なんかじゃないです。…………俺も……」  奏人の手が悠の手を取り、彼の脚の間に導く。おそるおそる触れたその場所は、ズボンの上からでも分かるほどに怒張していた。  その質量に驚き、彼の顔を見上げる。奏人は頬を少しだけ赤らめながら、眉を下げ息を吐いた。 「悠さんのかわいい反応を見てたら、勃っちゃいました。でも、悠さんも一緒だったなんて、……嬉しい」  強く抱きすくめられ、行き場のない熱が身体の中で燻るのを感じる。この熱をどうすべきか分からないまま、悠は彼の肩に顔を埋めた。 「悠さん、かわいい。俺、信じられないくらい悠さんが好きです。悠さんとこんなキスができるなんて夢みたいで、それだけでイッちゃいそうです」  うっとりと表情を蕩けさせた奏人は、悠の耳元で何度も「かわいい」と囁いた。 「悠さんからキスをねだってくれたの、嬉しかったです。本当に嬉しくて、俺……」  奏人がわずかに身体を離す。悠の目をまっすぐに見て、彼は問いかけた。 「悠さん。俺、勘違いしていいですか?」  彼の瞳に、仄暗い欲情の熱が宿る。それを見て真っ赤になりながら、悠は呟いた。 「ず、ずるいです。そんな聞き方…………」 「じゃあちゃんと聞きます。悠さんは俺のこと、ちゃんと好きですか? 好きだから、キスしてくれたんですか?」 「………………え、と……」  目を逸らそうとしたら、頬を手のひらで包まれ阻止されてしまった。いつになく意地悪な奏人に、悠は耳まで赤くなっていくのを感じた。 「ちゃんと目を見て。俺を見て言ってください」  奏人の顔が迫る。頭の中がぐちゃぐちゃになって、なにも考えられなくなる。  ――どうしよう。どうしよう……。  奏人のことが好きかどうかなんて分からない。なぜなら悠は、一度も恋なんてしたことがなかったから。  でも、彼のことは嫌いではない。一緒にいると楽しいし、安心する。陽だまりにいるみたいにあたたかい気持ちになれる。  これが彼の言う「好き」なのか。この感情が、彼と同じ「好き」という感情なのか。 「あ…………あ…………」  気がついた時には、双眸から大粒の涙をぼろぼろとこぼしていた。それは悲しみや苦しみからではなく単に混乱のあまり溢れ出たものだったが、悠の涙を見た奏人は慌てた様子を見せた。 「ゆ、悠さん!? すみません、怖かったですか?」 「ち、ちが……ちがい、ます」 「でも、涙が…………」    奏人の指が撫でるように悠の頬に落ちた涙を掬った。何度涙を拭ってもらっても、次から次へと溢れる雫が彼の指をまた濡らしてしまう。 「ごめんなさい、俺、混乱して」 「悠さんは、混乱しても泣いちゃうんですか?」 「そう、みたいです」  昔からよく泣いてしまうたちだったが、改めて自分の軟弱さにがっかりする。 「悠さんは泣き虫ですね。でも、その顔…………すげえイイです」  奏人の甘く低い声が悠の鼓膜を、胸を震わす。それはぞわりと込み上げる快感となって、悠の身体を支配していく。 「俺、好きとかどうとか、分かんないんです。でも奏人さんといると安心するし、奏人さんに抱きしめられるとドキドキします」  自分の身体と心に戸惑って奏人を見上げると、彼はやわらかい微笑を浮かべた。 「悠さん。今は好きかどうか、分からなくていいです。けど俺、待ってますから。悠さんの口から好きって言ってもらえるの、いつまでも待ってます」  再び強く抱きしめられる。奏人の言葉にこくこくと必死でうなずきながら、悠は長いことその温もりに身を任せていた。
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