菓子のように手頃な

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 太陽が南中してから少したった頃。男はコンビニでレジ番をしていた。  店内には、その静けさとは対照的な最近流行りのポップミュージックが流れているが、もう聞き飽きてうんざりしている。  少し背伸びをしてみた。   コンビニ前の道路は、普段より車が奏でる騒音が少ない。まあ無理もなかった。  と言うと、今日は1月1日。つまりは絶賛お正月中なのである。  正月にはわざわざ外の寒い空気に身を刺される為に家から出る必用はなく、こたつに潜るのが王道中の王道。そんな訳でコンビニにはあまり人が来なかった。   「……ん、いらっしゃいませー」  そんな訳で肩を回そうかと思い始めたその時、店内に機械音が流れ、一人の少女が入ってきた。  おそらく小学校低学年ぐらいの彼女は迷い無くお菓子コーナーに足を進める。  見た限り付き添いの保護者はいない。近くの住宅街の住民なのだろう。住宅街の近くにはスーパーマーケットがあって、なんとそのスーパーマーケットは年中無休なのである。そうすると必然的に客が吸われていく。それがこのコンビニに客が少ない理由のもう一つであった。 「これください……」  気がつくと少女がレジの前に立っていた。身長差のせいで気がつかなかった。  目の前には菓子類が無造作に置かれている。男は、それを一つずつ手に取りバーコードを読み取る。が、十個ある菓子それぞれの種類が違うため全て読み取らなければならない。  男は少し苛立ちを覚える。普段なら何気なくこなすはずだが、正月だというのに予定もなく、一緒に過ごす人もいない自分に虚しさを感じているからだろう。 「1145円です」 「あ、はい」  他所を見ていた少女は慌てて着ていたジャンパーのポケットからピンク色の財布を取りだし、中から千円札を二枚取り出す。  その時、ふと財布の中を見ている自分に気がついた。少女の財布には折られたままの紙幣が少なくとも五枚は入っていた。    ……お年玉か。  子供は良いもんだ。冬休みに突入すると、キリスト教を信仰している訳でもないのにクリスマスイブには親からのプレゼントを貰う。クリスマス当日にはサンタクロースから届けられたプレゼントに心を踊らせる。それからまもなくすれば正月に入りお年玉を貰える。  働かずとも良い思いをできるこの子とは対照的な自分。立場は上のはずなのにどうしてこうまでも劣等感を抱かざるを得ないのか。 「……855円のお返しです」  さっきよりぶっきらぼうに言うと、お釣りを雑に手渡しする。  この子に非がある訳ではない。しかし、どうしても当たらずにはいられない。こんな自分が大人気ないことぐらい分かっている。  しかし、そんな男に気にすることもなく、お釣りを財布にしまい、残った菓子を両手で大事そうに握った少女は、そこで笑みを浮かべた。高価な物とは言い難いそれを、しかし少女はまるで宝でも見つめるかの様な眼差しを菓子に向けている。  その時、男は突然己の身に走った劣等感に気づく。さっきとは違った劣等感。それは、自分の自惚れに対する物だった。  彼女は確かに菓子を宝のように見つめていた。もし、自分が同じ立場だったら笑えただろうか? おそらくできない。何故なら、それだけ自分は本当の幸せの価値基準が高くなってしまったからである。自分にとってどういう物が不幸なのか、心が荒んでいく内にその存在が大きくなってしまった。  大事なのは普通を特別に思うとことではない。不幸な中でも笑えることでもない。ただ、ちょっとした幸せに気づけるかどうかなのかもしれない。ありふれた幸せに気づく、それだけで良い。 「あ……」  男は思わず声をかけようとしたが、続く言葉を飲みこむ。ここで声をかけてしまえばこれが特別になってしまう。 「またお越しください」  そう思った男は、業務上の対応をした。  少女はこっちに気づく素振りも見せずに開いた自動ドアを出ていく。  今までが騒がしかった訳ではないが、店内が静かさを孕んだ。  男はコンビニ前の道路を見る。相変わらず自動車の通行量は少ない。そんな静かな環境で、ポップミュージックは新年を祝福するように響き続けていた。  男は背伸びをした。少女が来る前のより大きく。  
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