最後の月の果ての果て

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 今年も、くだらない年だった。  冴島(さえじま)繚吾(りょうご)はそんな本音を口にすることないまま、行きつけの居酒屋を終電前に辞去した。タクシーでも帰ろうと思えば帰れるが、新年になる瞬間の馬鹿騒ぎにまで付き合う気になれなかった。  去り際、明日の彼の誕生日を祝う言葉が、仲間たちより掛けられた。31歳にもなっていると、あまり感慨も湧かなかったが。  予報どおり寒波は到来し、それまでは寒かっただけの街を大晦日に厚い雪で覆った。昨年と同じパターンである。  マスクの下で、生暖かい息が籠もる。寒かった。早く自宅に帰りたかった。  居酒屋にいたときは降っていた雪が、止んでいたことは幸いだ。満月がはっきりと見えるほど夜空も明るい。そんな中を繚吾は歩く。  大晦日とはいえ街は雪の静けさの中にある。皆が家で、家族や仲間と過ごしている。 「くだらない」  呟きながら、繚吾は十数分歩いて市内中央の駅へたどり着いた。あとは自宅方面へ、電車で一駅進む。  自宅はその駅から徒歩十分もない。降車して、小さなその駅を出る。駅出入り口前の階段を降りてから、周囲に誰もいないのをいいことに、ライターを取り出し煙草に火を点けた。特に意匠もないが、専門店で買ったしっかりしたジッポライターを懐に仕舞う。  煙を吐いていると、視界の隅で誰かがこちらを見ている気がして振り向いた。傍にある壁の貼り紙だった。  なんだこれか、と思いつつ、繚吾はその貼り紙をまだよく読んでいなかった。行方不明者の情報を求めるものだ。 「イシヅキタカネ」  名前だけを棒読みする。  石月(いしづき)高音(たかね)。女性、28歳。2019年12月31日夜11時頃、家族と通話をしたのを最後に行方不明。失踪時の服装は赤いジャケットに白いセーター、黒いロングスカート。
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