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お母さんはサツキとして、ミライをずっと見守っていた。
たしかにサツキさんは、あまり声をかけてくるひとではなかった。私が迷ったり悩んだりしていると、表立っては見えないメッセージを使って、相談に乗ってくれる。そんな立ち位置のひとだった。
一人っ子の私は、まるでお姉さんができたみたいで、ちょっとだけ嬉しかったのだ。
――まあ実際は、姉どころか、母親だったわけなんだけど。
そんなある日、お母さんが机に置いたままにしていたスマホ画面で、お父さんは「ミライ」の文章を見た。
お母さんは、絶対に秘密にするようにと念押しをして、ミライが未来であろうことを教えたらしい。干渉はせず、見守ることを厳命して。
「でもまさか、ここまで過干渉になるとは思ってなかったの。ごめんね、未来。お父さん、嬉しいのよ。あんたがこんなふうに創作活動してること。あのひとは、作家になる夢をあきらめちゃったから」
お父さんの夢は、推理小説の作家になることだった、らしい。
果敢にチャレンジしていたけど、なかなか芽は出ず。そうこうしているうちに、父親が他界。下には弟と妹がいて、夢を追っている場合ではなくなってしまった。安定のために公務員を選び、今に至っているとか。
「年頃の娘との会話に悩んで、でも匿名ならさりげなく言える、みたいなこと言ってたけど、これはさりげないどころじゃないわよね。うん、キモいわ」
お母さんは、ばっさり言いきった。
お母さんもそうだけど、お父さんは、自分が創作活動をしていたことを隠している。知られるのを恥ずかしがっているようだ。
だから、合言葉を教えてくれた。
これを言えば、お父さんは慌てるに違いないというのだ。
犯人はヤス。
よくわからないけど、それがお父さんのアカウント名の由来らしい。
もうすぐお父さんが帰ってくる時間。
お母さんを背後に従えて、私は玄関に陣取る。
門扉を開ける音が聞こえた。
玄関のノブがまわる。
私はスマホを印籠のように突きつけて、口を開いた。
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