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私と神久保さん
「ふぅ、これでよし」
私が海の掃除を初めて、もう1週間が経とうとしていた。
それなのに、砂浜は一向にキレイにならない。それどころか、日に日にゴミは増えているような感じがして、来る日も来る日もため息をついてしまう。
ゴミを捨てる人に怒りたいけど、捨てる人は分からないし。私の内に、不満が溜まっているのだけは、確かに感じることができた。
「誰だろう」
私が屈めていた体を起こした時、視界の中に人が映った。
昨日、一昨日とその人は見たことがないし。それに、私の知っている人でもない。
その人は私の視線に気づいたのか、何も言わずに立ち去った。
私はわけがわからず、とりあえずその日は帰ることにした。
それから、毎日その人をみかけるようになった。
いつも見るだけ見て、私に見られれば帰る。シャイな人なのだろうと思いながら、手伝って欲しいなと心の隅で私は思う。
そんな願いが通じたのか、ある日、その人は砂浜にやってきた。
遠くで気づかなったけど、近くで見るとずいぶんと年配の男だった。目じりにほうれい線が入り、歯も何本かすきっ歯だった。
「お嬢ちゃん、毎日そうじをして偉いね」
「ありがとうございます」
「けどま、こんなこと言うのもなんだけどさ。無理だよ、終わるわけない」
「どういうことですか?」
私は男の言い方に腹を立てて、少しだけ言葉が強くなった。
男は私の意など知らないと言わんばかりに、飄々に答える。
「海からゴミが来て、ついでに周りの人間がゴミを捨てる。それでお嬢ちゃん一人が毎日ゴミを拾っても、むしろ一方的に増えるわけ。もう、お嬢ちゃんも分かってるでしょ?」
「そうなんですか。お気遣いありがとうございます。だったら、私がもっといっぱいゴミを拾うだけなんで気にしないでください」
男の言葉を私は痛いほど知っている。けれど、理解したくない。
男は「そうか」とだけこぼして、どこかへ行ってしまった。
私はその後ろ姿に、あっかんべーをしてやりたかった。人の行為に水を差すようなことをするなら、二度と来るなと。私の内心は荒れに荒れていた。
その思いが通じたのか、次の日から男は現れなくなった。
梅雨が明けて、妹の手術まで1ヶ月をきった。
浜辺のゴミは減ってきているけど、約束の日までに終わる気がしなくて。私は焦っていた。
私がいくら頑張っても時間は有限で、ゴミは減っているのに、終わる気がしない。
もういっそ、あのおじさんでもいいから手伝って欲しい。そんなことを思いながら黙々とゴミ拾いを続けていると、後ろから女性の声がした。
「すみません。私も手伝っていいですか?」
私にとって、その言葉は何よりも嬉しくて。私が顔を輝かせて振り向くと、そこには日焼け対策バッチリの女性がいた。
女性は私と目が合うとニコリと微笑んで、目じりにシワをよせる。
「私、神久保(かみくぼ)って言います。その、人づてに毎日そうじを頑張っている女の子がいるって聞いて。手伝いたいと思ったんですが……。いいですか?」
「もちろんですよ! むしろこっちからお願いしたいくらいです。ありがとうございます」
「良かったです。いっしょに頑張りましょう」
「はい!」
その日は神久保さんに手伝ってらもらって、ゴミがいつもより片付いた気がした。
私は感謝の気持ちからジュースをおごり、二人で、砂浜を見渡せる階段で飲んだ。
そこで神久保さんは懐かしむように水平線を見つめて。ゆっくりと口を開いた。
「私にとって、この砂浜は思い出の場所なんです。当時はキレイで人も多くて、ここで旦那にナンパされたことがきっかけで付き合って。それで、ここで告白されたんです。沈む月をバックに……。すごくロマンチックだったんですよ」
「いい旦那さんですね。私もそんな人と結婚したいなぁ」
「そんな、いい旦那なんかじゃないですよ。真面目で義理堅いところはあるんですけど、仕事一筋で……。最近は仕事に没頭して、早朝に帰ってそのままベッドで寝ちゃうんです。だから私の朝ごはんをちっとも食べてくれなくて……。だいたいお昼に食べてるんですよ?」
「そんなこと言っても、神久保さんは好きなんですよね」
「ふふっ、バレちゃいました?」
「だって、声が弾んでますから」
「やっぱり、旦那が好きなんです。仕事一筋はちょっぴり寂しいけど、大きな背中はかっこよくて……。あ、すみません。惚れっけになってしまって……」
「いいですよ。私、そういう話は好きですから」
「なら、私と旦那の初デートも聞きます?」
「ぜひ!」
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