あたくしからあなたへ

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あたくしからあなたへ これが最初で最後の手紙となることでしょう。あなたが目覚めたということは、そこにあたくしはいないということですから。 あたくしの名は、いえ、やめておきましょう。もうあたくしにとってはなんの意味持たない音の並びです。 あなたのことは、よく知っていてよ。誰よりも何よりも。きっと、あなた自身より。 ずっと、見ていたから。  怖がらないでくださいましね。 すとーかーとやらではございません。 不可抗力的なものもあってそうなってしまった、あなたの、中の…そう、居候…のようなものです。 信じられないかもしれませんが、あたくしはあるときから夢を通じて、あなたの世界を生活を垣間見るようになりました。 驚きの連続でしたわ。鉄の塊が道を走り、天にとどにそうな建物がところせましと立っていて、魔法がないようなのに人々は火を雷を自在に扱い、文明は発展していて、あたくしの世界よりも多くの人が幸福に笑っておりましたもの。 まさしく夢のような世界でしたわ。 ある日、こちらの月が青く陰る蒼月下の夜。見た夢はあなたの視点ではじまるものでしたの。そこであたくしは見ました。 あなたは満たされた世界で幸福になれなかった人でしたわね。 満たされる生活を送る身分であるのに満たされぬあたくしと同じお方。 あなたはよく罵倒されていました。 あたくしが耳にしたこともない汚い言葉で、下卑た言葉で。 暴力も振るわれておりましたね。実よ父と兄に。あなたを通じて得た痛みは忘れられません。 あなたの置かれた状況か目をそらして家事や面倒事をおしつけてるだけの母と姉と存在もいましたわ。 あなたを通じてを得た憎悪は旨に深く刻まれていてよ。 あなたは耐えて、耐えて、耐え続けて、あらゆる社会福祉を使い、自立という道を勝ち取りあの地獄から逃げ出すことを叶えました。 ただの鑑賞者でしかなかったあたくしだけれども、目覚めたときには自分のことのように嬉しくて、嬉しくて涙がこぼれましたのよ。 一人暮らしを始めたあなたは、げーむにはまりましたね。見ているだけでしたがあたくしも楽しませてもらいましたのよ。 お姫様を取り返しに行く勇者様のお話。 クリスタルを巡る冒険。 勇者を探す親子3代の物語。  恋物語も素敵だった。  ほらーげーむは怖かったですが、とても切ないストーリーでしたわね。 そう、げーむ。 ある恋物語げーむがどこからどうみても我が国が舞台であたくしの婚約者と義弟と兄と幼馴染と付き合いのある商会の息子が、男爵の庶子とそれぞれのるーとで心を通わせて、やがて結ばれていくお話でしたの。 物語はとても素晴らしかったわ。 特に幼馴染の騎士との月下の下での愛の告白が… いえ、それは今はいいのです。 あたくしたちの世界がげーむになっているのも夢を通じてあなたの世界を垣間見ているじてんでそういうこともありましょう。 問題だったのは恋人たちの仲を邪魔する存在、悪役令嬢としてあたくしが登場していたことです。 そして、どのるーとでも最悪な結末を迎えていたこと。 あたくしがこんな結末に受け入れられない、という怒りはございません。 このような物語のようになったらたしかにあたくしや周囲はこのように動くでしょうね。 という納得しかございませんの。 あたくしは、まさしく物語に描かれるよう悪役令嬢というものでしょう。 物語はあたくしがもう少し大きくなってから起こるもののようです。 あたくしもこのままで行くとあんな人間になるだろうと思いますもの。   あたくしの断罪理由は正直笑ってしまうほどくだらないことですけれど。 家族仲はご存知のとおりですから誰もかばってはくれないでしょう。 でも、あたくしは断罪を回避するために家族と仲良くなんていましません。するくらいなら潔く死を選びます。  死を選びました。  あたくしの父と母は政略結婚でした。国と国同士の盟約のための婚姻。 父には愛する人がいたそうで、母には冷たく、お前のせいでと恨み言をぶつけておりました。母にもあなたと同じように愛する方が他にもいましたのにね。 そんな愛のない家庭で唯一母だけがあたくしにやさしくしてくれました。愛する相手の子ではないのに母だけが愛してくれました。 でも、その母は病に倒れ、すぐに亡くなってしまいました。 母の喪があけないうちに父はすぐに義弟とその母である義母を連れてきました。 家には連れてこなかったけれど、子供がもうひとりいるそうです。兄よりひとつ上の娘が。 義弟と私は同じ年齢でした。 彼らは母が、存命していたときから関係を持っていたのです。王命での婚姻なのに一時的にでも関係を解消していなかったのです。 国を背負ってやってきた母に対する最大の侮辱です。 実の兄はすぐに、義母になつきました。元々、しつけに厳しいところのあった母のことを疎んでるようでしたが、さすがになくなった実母を嘲笑する姿には怒りしか感じませんでした。 義母も父に似た容姿の兄を気に入った様子でした。 幼馴染の騎士は兄の友人であたくしのことを心底見下しています。 義弟の友人である商会の息子も馬鹿にした瞳でこちらを見てきます。 彼らは言うのです。 「さすがは蛮族が住まう国の浅はかな女から生まれてきただけのこたはある」 と。 詳しくは言葉に書き残すのも忌々しい。 下賤な言葉だったのです。 一生分の侮蔑を浴びました。 憎しみを得ました。よりにもよって母のことを彼らは見下し嘲ったのです。 婚約者も同じです。 母の血を引くあたくしを良く思っておりません。汚れた血、薄汚れた髪と血濡れたような忌々しい瞳と面と向かって言われたこともあります。 そのあたり詳しい事情は資料設定集やら考察さいとやらをみていたあなたのほうがきっと詳しいと思いますわ。 あたくしも認めてもらいたくて努力したこともありましたが、今ではもうすべて、諦めております。  なんせ夢で知ってしまいましたもの。 彼らと惹かれ合うひろいん、男爵の庶子の方ですが、彼女は確実にあたくしの母と同じ国の血をひいておりますもの。 物語を見るにかぎり、そのことを彼らも知っているようでした。 彼らの言う汚れた血とはどんな意味を持ったものだったのでしょうね。 "真実の愛"の前ではそれすらも些細なことなのでしょうか。 あたくしがその意味を彼らに問いかける日は永遠に訪れることはありませんけれど。 あなたなら問いかけることができるかもしれませんわね。 あたくしは断罪されるのも彼らと仲良しこよしになるのも嫌でしたの。だから、死を選びました。誇り高き貴族として、毒杯を望みました。 でも、最後にあなたに会いたかった。 床についたあたくしはいつものように夢を見ました。 あなたが死ぬの夢を。   どこまでも自分勝手なご家族でしたわね。 どこまでも自分本意な人たちでしたわね。 あたくしはあなたに降り注いだ不幸が、元凶が、憎くて悪くて仕方なくて、でもなによりあなたにしあわせになってほしかった。 「え??悪役令嬢そこまでされるようなことした??」 「ちょ!このルートでも?」 「それはないそれはない」 「この国に司法はないんかい!!」 「この子にだって幸せになる権利あるやろ!!」 そう騒がしくも叫んでくれたあなたに。 物語の展開に対する軽口だったとしても母以外からは幸せを願われなかったあたくしに、さいわいをねがってくれたあなた。 だから、あたくしはあなたの魂をこちらの世界に引っ張ることにしました。どうやって?という疑問にはあなたの世界にはない魔法でとお答えいたしますわ。     あなたよく口にしておりましたもの。 「あー異世界行きてぇ」 と。 理不尽に命を奪われたあなたの夢を叶えたかったのです。   そして、第二の生の門出の祝としてあたくし、サファイア・フォン・ハヤミナ=エクペリストル。 この身体をあなたに捧げましょう。 命は断つもりでしたし、つまりそれは肉体を捨てることになりますし、ちょうどよかったですわ。 必要な知識はあなたの魂が体には定着するごとにじょじょに浮かび上がってくるようにしました。 魔法もきちんと使えるはずです。 あぁ、体の方でわすが、あたくしの矜持的には死ぬときは毒杯を賜りたかったのですが あなたに譲るので身体を傷つけるようなこともでにず、折半案としてちょっと弱い毒を呑んで、死にきれなかったので首を吊ろうとし、縄が切れて音で侍女たちに気づかれる、そのときに魂を入れ替える、ということをさせていただきました。  ですから、身体が今少しつらいかもしれません。申し訳ありません。 この手紙はロープと毒杯を用意して、あなたの魂を身体に馴染ませるための呪術式を編みつつ、書いたものです。あたくししか、つまりあなたしか認識できない魔術をかけているのできっと読んでくれると思っていました。 あなたはあたくしのことを全く知らなくて、死んだと思ったら、見知らぬ体に見知らぬ世界で混乱するようなことばかりでしたでしょう。 ごめんなさい。 でも、あたくしはあなたにもっと生きてほしかった。  あたくしは死ぬことを決めていたのに、かってよね。 あなたはあたくしのことなんて物語の登場人としてしか知らなかったでしょうけれど、あたくしにとってあなたは、友人のようなものでした。 互いに触れ合えず、片方は認識すらしていないなくても、同じものを見て感動して戦いて泣いて、笑って。  夢を見ることが楽しくて仕方なかった。   あなたと過ごすのが何よりの幸福になってたの。 眠っているときだけが心休まるときでしたの。 そろそろ、筆を置きます。 桜野琥珀さくらのこはくさん。 あたくしのはじめで唯一のお友達。 どうか、幸せになってくださいましね。 サファイア・フォン・ハヤミナ=エクペリズトルより 唯一の友 サクラノコハクへ 天の国で見守っているわ 地の国に落ちたとしても見つめているわ 慎ましやかなしかし品のいい家具に囲まれた部屋。主のために整えられたベットのふちに遠慮がちに座る少女の長い髪は美しいグラデーションを描いていた。 薄い銀より灰という色から毛先に向けてじょじょに桃色に染まっていき、毛先では鮮やかな桜色を花開かせる。 この国の王太子に目にはどうやら薄汚れた髪の色に映るらしいが、少女はとてもきれいだと思った。 「あたしも、あんたのこと夢に見てたんだよ」 少女は手にしていた長い手紙をそっと胸にあてて、ザクロなような瞳をとじて、俯いた。 サファイアになってしまったサクラノコハクは何かを悔いるように呟く。 「ゲームやってる最中だったから、妄想が夢にまで侵食したんだなぁなんてばかみたいにはしゃいでた…」 はぁ、と息を吐く音。  ぎしりとベットからたちあがるときにきしむ音が響く。 手紙を化粧台の抽斗に大事にしてしまいこみ、少女は視線鋭く紅蓮にもゆる瞳で窓の外を睨みつけた。 中庭にはサファイアの義母が中心になって父と兄と義弟たちと共に仲良くお茶会の最中だ。 数日前に自殺を試みて、意識を失い続けた娘がいるのに。 とても楽しそうに笑う彼ら。 彼らの中にサファイアのことなど欠片もないのだろう。 義母と義弟はまだわからないでもない。 しかし、父親と兄はサファイアと血のつながった存在だ。 いや、と首を振る。 「血の繋がりなんて、そんなものよね… 」 コハクの家族を思い返す。 「決めたわ。サファイア、あたしも断罪はいや。でも彼らと仲良くもしたくない。だから、」 ぎらぎらと瞳を憤怒に染め上げて、異世界に再誕した少女は決意する。 「あなたが選ばなかった選択肢を選ぶわ」 脳内にあるこのゲームに似た世界、いやこの世界によく似たゲームの内容を裏設定から何から何まで思い起こす。   道筋はすでにできている。  だから   「あたしは彼らにざまぁをするわ!!」
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