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「すまん、遅くなった!」
約束した店に遅れて到着し、店員が案内してくれた席について謝罪の言葉を口にする。
「ほんと、遅ーい。」
冗談めかして羽田ちゃんが言う。
「お仕事お疲れ様です。」
そう言って後藤が微笑みかけてくれる。
「昼間はありがとうな、おかげで納品の目途がついて、先方も喜んでたよ。」
「それは良かったです!」
まただ、この笑顔。
「そうだ、私の居ない間に後藤くんがファインプレーしたんだって?これもひとえに―」
「これもひとえに羽田さんの教育のおかげですね!」
俺と羽田ちゃんが同時に後藤を見る。その勢いと驚いた表情に後藤が嬉しそうに笑った。
「冗談で言うつもりだったのに、そんな顔で先に言われちゃあね。ほんとよくできた可愛い後輩だわ。」
照れくさそうに羽田ちゃんが後藤の肩を何度か叩く。
「でも意外よねー、先崎君って面倒見が良いから後輩に飲みに誘われることはあっても、あんまり誘わないじゃない?なのに今日は急に他部署の後輩を誘うなんて、どういう風の吹き回し?」
「いやぁ、羽田ちゃんの可愛い後輩君と俺もゆっくり話してみたいなぁ、と思って?」
「はっ!まさか営業に引き抜こうと思ってる!?絶対ダメだからね!」
「そんなことしないよ。」
そんなやり取りをする間、後藤は微妙な表情をしていた。
「…ん?どうした、後藤?」
「いえ、俺、お邪魔じゃないかなと思って。」
「…へ?」
俺と羽田ちゃんが同時に素っ頓狂な声を上げる。
「だって、お二人は付き合っておられるんですよね?」
今度は二人で同時に吹き出した。後藤が「わけが分からない」といった顔をする。
「悪い悪い、でもなんでそう思った?」
「だって、先崎さんが今日管理部に来られた際、羽田さんのことを香菜ちゃんって言いかけてましたよね?そしてすぐに言い直しておられたので…。」
「あー、先崎君、またやったの?」
羽田ちゃんが呆れた顔で俺を見る。
「あのね、それは…」
「俺、小学生の時は今より太ってて性格も暗くてさ、そのせいでいじめられてたことがあるんだよ。その時に助けてくれたのが香菜ちゃんでさ…。その頃の呼び方が焦ったりした時にたまーに出ちゃうんだよな。」
どう言って良いものかと言い淀む羽田ちゃんを見て、俺はこれまで限られた人にしか話していない秘密を後藤に話した。社内の人間に話すのは初めてだ。
これには後藤よりも羽田ちゃんが驚いていた。彼女はこれまで今回と似たような状況になると「以前付き合っていた」だの「俺の友達の姉」だの周囲の勝手な想像を否定せず、詮索をのらりくらりとかわしながらやり過ごしてくれていたのだ。
「そこまでひどいいじめでもなかったし、いつも正義感溢れる香菜ちゃんが助けてくれたからあんまり深刻に受け止めないでほしいんだけど、悪かったな、急に変なこと言って。」
冗談めかして笑って付け足すと真面目な顔をしていた後藤も少し笑った。
「い、いえ、そんな大事なことを出会って間もない僕に話してくれてありがとうございます。」
秘密を打ち明けたことに対して、少し照れた表情でまっすぐ目を見て「ありがとう」と言われたことに少しこそばゆさを覚えた。そんな反応をされたのは初めてだからだろうか。
「にしても、この会社に入って香菜ちゃんに再会した時はめちゃくちゃ驚いたよ~。」
「私も!ていうか最初に声をかけられた時は別人すぎて誰だか分からなかったし。」
俺と後藤の様子を見て安心したのか、羽田ちゃんもいつもの様子で話し始めた。その後も仕事の話から学生時代のちょっとした思い出なんかを話しながら楽しい酒の席はお開きとなった。
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