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「ユーディト様、あれは」
「⋯⋯イルマらしいな」
宰相府の役人たちは、顔を見合わせ、大きく手を振った。
黄金色の瞳は、一際大きく手を振る友人の姿をすぐに見つけた。銀色の髪に翡翠の瞳。柔らかな笑顔をしっかりと心に焼き付けた。隣にたたずむ華奢な姿も、懸命に手を振ってくれている。
たくさんの見送りの声の中にかき消されそうになりながら、元気な声が響く。
「 いってきまーす!!!」
久々に人前に出た王妃は、冬の日差しのように穏やかな笑顔で微笑んでいた。
「ねえ、陛下。思い出しますわ。昔、乳母のルチアが言ったのです」
──王妃様、殿下に「明日」をお教えしましょう。
たくさんの人に愛され、守られるだけの世界ではなく。
温室の花のように、真綿にくるまれ愛でられた末に散るのではなく。
嵐に会い、寒さに凍え、野辺に倒れる世界で。
もう一度頭を上げてたくましく咲くことができる御子に育てましょう。
苦難に遭っても生き、未来を信じて人を愛せるように。
「私たちが伝えきれなかったことを、あの子は自分の手で掴むことが出来るでしょうか」
◆◇
「⋯⋯どうして、ここにいらっしゃるのです」
地獄の底から湧いたような声が響く。⋯⋯怖い。
無事に到着はしたものの、王子に見つかるのは早かった。
「絶対、フィスタには戻らないから」
「何をふざけたことを言っておいでなのです。貴方はここがどこか、わかっていらっしゃるのですか?」
「スターディア」
白銀の瞳から、怒りの炎が吹き上がりそうだ。
ぼくは、フィスタの父王からの親書を取り出して、読み上げた。
「⋯⋯両王子の婚約期間の延長を希望する。フィスタ国王 ディベルト・セレ⋯⋯」
最後まで読み終わる前に、親書をシェンバー王子に取り上げられそうになる。
ぼくは、サフィードに親書を投げ渡しながら叫んだ。
「一年間! シェンバー王子の目になって働くから!!」
「必要ないと言ったでしょう!」
「必要ないかどうか、やってみなければわからないじゃないか!!」
王子は、ぼくを睨みつけた後に黄金の髪をかきあげた。
そして、一際大きなため息をついた。
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