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「⋯⋯もう、国に帰った方がいいだろうか」
「殿下?」
「ぼくは、何の役に立つっていうんだろう。これは、ただの自己満足だ。王子には罪悪感でここにいるだけだと言われた。サフィーだって、ぼくに付いてこんなところまで来てしまって」
思わず呟くと、サフィードは言った。
「⋯⋯例え罪悪感からでも、殿下は王子の役にたちたいと思っておいででしょう? 愛情とは、自己満足が大きいと思います。私が殿下のお側にいることも同じではないかと」
「サフィー?」
「忠節とは何なのかと考える時があります。私が忠誠を捧げるのは国家ではない、殿下にです。こんな私は騎士として失格でしょう。でも、この生き方しか出来そうもありません」
「サフィー⋯⋯」
「お心のままに、お進みください」
サフィードの瞳は、どこまでも深い優しさと愛情を湛えている。ぼくは返す言葉を持たなかった。
扉が叩かれ、セツが取り次ぎに出た。
レイを伴って、シェンバー王子が入ってくる。
「王子? どうして?」
ぼくの部屋は二階なので、階段を上がらなければならない。王子が部屋に来ることは今までなかったのに。
「熱を出されたと聞いたので、様子を見に」
「大したことないんだ。ちょっとだるくて喉が痛いだけ。でも、サフィードが持ってきてくれたマウロの蜜漬けがあるから大丈夫」
「⋯⋯そうですか」
セツがベッド脇に椅子を用意する。腰かけた王子が手を伸ばして、ぼくの額に触れた。あれ、この感触。
冷たい指が、昨夜を思い出させる。
「ねえ、王子。もしかして昨夜、ぼくの部屋に来た?」
「⋯⋯心配だったので」
「あれは、サフィードじゃなかったんだ⋯⋯」
王子の表情が曇る。
「まだ少し熱い」
「王子にうつったら困るから、触らない方がいいよ」
「うつりませんよ。これでも、殿下よりは鍛えていますから」
思わずむっとして黙ると、王子が笑った。
「⋯⋯王子、昨日はもっと楽しそうだったのに」
思わず、余計なことを言ってしまう。
「何がですか?」
「庭で、楽しそうに笑っていた」
「庭で?」
「⋯⋯うん。窓を開けたら、見えたんだ。王子は、いつもよりずっと楽しそうだった」
──ぼくと二人だけの時よりも。
「本当に、貴方は全くわかってない」
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