9.明日

6/7
前へ
/486ページ
次へ
 王子の声に、苛立つ響きが混じる。  時々、こんなことがある。何を間違えたのかはよくわからないが、嫌な思いをさせている。  ぼくは泣きたくなった。  いつのまにか、セツとレイ、サフィードは続き部屋に控えている。  二人だけなのが、気まずさに拍車をかける。 「⋯⋯ごめんなさい」  うつむけば、涙がこぼれた。  王子が、ぼくの様子が変わったのに気づく。 「どうも、貴方の前だと調子が狂う。泣かせたいわけではないのに。⋯⋯心がなくても、笑いかければ彼らは喜ぶ。貴方と一緒の時と比べられるわけもない。いつだって、貴方の言葉を一言も聞き漏らすまいとしているのに」  王子は静かに言った。 「人は、()(まま)なものですね。自分の行動に後悔なんてしていない。それなのに⋯⋯」  ぼくは顔を上げて、王子を見た。  美しい顔が、切なげにぼくを見返す。  王子は、ぼくに向かって腕を伸ばす。確かめるように、指が頬の輪郭をたどる。 「貴方に出会わなければよかったと思います」 「王子?」 「黄金の瞳なんて、求めなければよかった」 「⋯⋯」 「本当に、いらないのですよ。⋯⋯この目が見えないことを、後悔する心なんて」  ぼくの頬を、王子の手が優しく撫でた。 「私はね、殿下。女神に一つだけ、願いがあるのです」 「もう一度だけでいい。あなたの笑った顔が見たい」 「⋯⋯どうして?」 「貴方と過ごして、以前より正直になったからでしょうか」  王子の口許に微笑みが浮かぶ。 「楽しそうに話す声を聞いていると、つい我が儘を言いたくなるのです」  両手を伸ばすと、黄金の髪が手に触れる。  さらさらとした髪を昔、馬のたてがみと間違えたことがあった。  王子の頬を両手で包んで、思いきり顔を近づける。  例えぼくの姿が真に映ることはなくても、銀色の瞳はぼくの姿を捉えている。  
/486ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5965人が本棚に入れています
本棚に追加